貴方の始まりの日


元旦に誕生日って多分中々レア。ちなみに私は東峰先輩が初めて。友達にも知り合いにも、一月一日が誕生日だって人はいなかった。お母さんやお父さんの知り合いにだっていないと思う。だって、聞いたことなかったんだもん。


「私何やってんだろ‥」

東峰先輩どころか、今日は誰も学校になんかいない。来ている筈もない。それでもどうしても諦められなくてここまで来たのだ。だって先輩はもうすぐ卒業で、もう学校では会えなくなるから。連絡しちゃえばよかったのに、やっとゲットした連絡先は使うことができないままだ。

クリスマスに降らなかった雪は、今になって威力を発揮している。寒い。帰ろうかな。でももし先輩が来たら、だなんて、ちょっとだけ期待している私。『通り過ぎるだけでもいいからお願い』だなんて、なんの願掛けだろう。

先輩のことを考えていたら堪らなくなってきて、とうとう私は自分のスマホを手に取った。連絡してみようか、どうしようか。悩みに悩んで東峰先輩の連絡先を開いてそのまま止まってしまった。
先輩は私の一つ上で、出逢ったのが保健室。怪我をした私を、保険委員でも保険の先生でもないのに、しかも突き指で怪我をしたから保健室に来たと言いながら私の治療をしてくれた。
とても優しくて、温厚で、不思議な人。
学校ですれ違えば話すようになって、そうしていつの間にか好きになっていたのだ。


「迷惑、だよなあ‥」

一つ下の私は、男子バレー部の綺麗なマネージャーさんみたいではない。一年生の可愛いマネージャーさんでもない。至って普通の、なんの取り柄もないただの女子高生。連絡先を教えてくれたからって、何かが起こる訳でもないのに。

「積もってる」
「えっ」

頭や肩に薄く積もり始めた雪を払おうとしたら、別の掌が突然触れた。吃驚しているとそこには私服姿の先輩がいて、ついひゅっと冷たい空気を吸い込んでしまう。

‥なんで、ここに。

「せ、先輩なにやってるんですか‥?」
「お参りの帰りだったんだ。春高近いからね」
「あ‥そうか、そうですよね‥」
「苗字さんは誰か待ってたの?」
「え、‥いえ、そういう訳では‥」
「?」

小首を傾げた先輩は、なんら追求することなくにへらと少しだけ笑った。寒そうだ。特に、赤くなってる鼻が。

「帰るなら送ってこうか?」
「え!」
「ワッなに!?」
「送ってくれるんですか‥!?」
「だって女の子一人は危なくない?俺、これでも男だし、一人で帰るより安心できる‥え、できない‥?」

心配そうに揺れた瞳には自信のなさが見えるけど、いやそうじゃない。安心できるけど、本当にいいの?って、そういうこと。なんて言ったらいいか分からなくて口籠っていると、「あ、そうだよね」って思いついたような声が届く。


「送ってこうか?じゃなくて、俺に送らせてくれるかな」

ちょっとだけ屈んで私の目線に合わせたと思ったら、ちょっぴりきりりとした先輩と目が合った。
どきどき、どきどき。
心拍数がおかしい、絶対に私、顔が赤い。

「‥じゃあ、あの‥お願いします‥」

その瞬間のほっとしたような先輩は、へにゃんとしたようなふにゃんとしたような、とても可愛い顔を見せて笑った。きゅーんって音が鳴った気がする。


ねえ、先輩。ずっと好きでしたって言ったら、先輩は一体なんて答えてくれるかな。大きな背中に問いかけながら、私は先輩の裾をほんの少しだけ引っ張った。

私の気持ちに気付いてほしいなと、そんな意味を込めて。
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