右上にある男の心理とは


白鳥沢男子バレー部にだって、一年に休みは数回ある。お盆と、年末年始くらいは流石に休み。でもその休みは、大体帰省したりだとか勉強とか勉強とか、そんなもので潰れてしまう。遊びに誘われた所で行くような人達がいるとは思えない。‥って、あの赤髪の変な人だけは違うかもしれないけど。


「‥苗字お前やる気あんの?ないなら帰れ」

ずばりそう指摘されたところで我に返った。
ここは私の部屋でもなく私の家でもなく、なんなら女の子の家でもなければ普通の家でもない。白鳥沢の男子寮の部屋。そして同じクラスの白布君の部屋だ。

「や、やる気はあるよ、ちょっと他ごと考えてただけ」
「ふざけんな」

そうですよね。勉強教えてって散々泣きついた挙句わざわざ白布君のいる寮の部屋まで来てるんだから怒りますよね。
でもそんな言い方ないのでは。

何かと隣の席が多い白布君は、口が悪い。口が悪い割には面倒見が良い。「それはあんたに限ってだよ」って友達に言われたことが唯一の救いと言うべきか、‥なんと言うべきか。

「いだっ」
「お前今回平均80取れなかったらどうなるか分かってんだろうな」
「ぜ‥絶交ですかね‥?」
「かもな」
「それはいや!頑張る!」

口が悪くても、態度が女の子に対するものじゃなくても、私が白布君のことを好きなのは変わらない。だからここまでなんとかしてこじつけたのだ。部屋に入れてくれるまでになったのに、このタイミングで絶交なんて絶対無理。白布君口だけじゃないところありすぎるから怖い。

「ほら、ここの問題早く解け」
「うう‥容赦ない‥」

一問終わる毎に手が止まる。その度に白布君は溜息を吐きながら教えてくれた。結局彼は、なんだかんだ言いながら分かりやすく教えてくれる。近い距離にドキドキしてる暇なんて全然ない。どっちかというとハラハラの方が多い。


「‥できた!」
「だから、やれば出来るんだよ。お前だって一応白鳥沢の入試通ってきてんだから」
「先生達の授業スピード早いんだもん‥私のろまだからさあ‥」
「だったらテストギリギリで焦る前に早くこい。何が嬉しくて元旦に勉強教えなきゃなんないんだよ」
「ご、ごめんなさい‥‥え?」
「今度は何」
「は、早くこいって‥いつでも白布君に頼ってもいいってこと‥?」
「‥‥。バーカ。調子乗んな」

え、なに、なんなの今の間。静止したと思ったら、突然シャーペンの先の部分でおでこを刺されて地味に痛い。不服そうな顔をしているけど、両耳がほんのりと赤いのはなんで?

‥って、聞ける訳もないけど。

「じゃあ、あの、授業終わって分かんなかったらすぐ聞きに行きます!」
「そこは先生に行けよ」
「白布先生の方が分かりやすいの!」
「うるせえ黙れ」

ふい、と視線を逸らして、テーブルに乗った私が差し入れした珈琲をぐいっと一気に飲み干した。

「‥80点かあ」
「今のままだと60点が良いとこだろ」
「酷い!あ、ちなみに平均80取れたらなんかご褒美あるとか‥」
「ねえよ」
「ですよね‥」
「もし取れたら″lえてやってもいいけどな」
「え!ほんと!?」

中身のなくなった珈琲の缶を揺らしながら、少しだけ笑みを含んだ白布君が面白そうに口を孤の字にさせた。そんなの、頑張らない訳がない。

「ほら、次」

とんとん、と指された空白の解答欄。そのページの一番右上、隠された筆箱の下に小さく「頑張れよ」と書かれた丁寧な文字に気付くのは、もう少しだけ後の話。
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