欲しがり彼女


吃驚するかなあ。

そんな気持ちできゅうと締めた帯が、少しだけ苦しい。白地に色鮮やかな色んな華。赤と、黄色と、橙と、紫。あとは葉っぱの緑。着物の下の防寒対策はばっちりだから、太一に上着とか借りなくても大丈夫!そう気合いを入れて着込んだけど、結局外は寒くてかなわなくて、上着を手に家を出たのが十分前。

「あ、なまえやっと来‥‥」
「ごめんね太一、手間取っちゃって‥」

着付け教室なんか通っちゃって、「できる」ということをなんとか見せつけようとしたけど、やっぱりというべきなのか遅刻してしまった。待ち合わせ場所に、待ち合わせ時間+十五分。着物を自分で着るってやっぱり難しいんだなって反省した。

でも、頑張って着てみて大正解。私の声を聞いた太一が顔を上げた瞬間、弄っていたスマホの手が止まったのだ。眠そうだった目がまるっと大きく開いて、ぱちぱちと二度、三度。
どう?似合う?ってゆっくりゆっくり回ってみると、おおーって一人分の歓声があがった。

「すげー、着物じゃん」
「ふふ、折角初めての初詣だから張り切っちゃった。似合う?」
「んお、おお‥」
「ちょっと反応薄いんだけど」
「いや、まあいいじゃん。人多いだろうし早く行こう」
「え」

太一の為に頑張った着物の着付けとか着物のこととか、何にも褒めてもらえなかった。もっとこう顔を赤らめて「めちゃくちゃ似合う」くらい言ってくれると思ってたのに、そんなのが一言もないなんて。むうっと頬っぺたを膨らませていることにも気付かないで、勝手に一人前を歩こうとしていることが腹立つ。
仮にも彼女だっていうのに、そんな態度でいいと思ってんの?

「待ってよ太一、ねえってば」
「早くしないと置いてくぞ」
「ちょ、っと!」

普通の服とは違って、着物は中々に歩き辛い。そんなことないよって人もいるかもしれないけど、私は着慣れてないからしょうがないのだ。それを分かってほしいのに、太一はさっさかさっさかと前へ進む。太一は基本的にとても優しい彼氏だけど、偶に空気を読んでくれない。一番読んでほしい時にその威力を発揮してくれないのが、なんだか寂しかった。

「ねー、太一っ、てば!」
「ん?」

私の言わんとしていることをさっさと分かってください。しょうがねえなって手でも繋いでくれたら、可愛いって一言でも言ってくれたら。‥それだけで着物を着てきた意味があるってもんなんだから!


「‥私、着物、似合わない‥?」

太一に見て欲しくて着たんだよ。って私も一言言えればよかったけど、残念ながらそこまで可愛い女ではない。じっと太一を見つめていると、なんだよってふと顔を逸らして口を隠した。なによ。似合わないなら似合わないって言いなさいよ。来年は違う系統の着物レンタルしてきてやるから。

「‥っだーもー‥可愛すぎるから目のやり場に困ってんだって、‥」
「‥‥は ひ?」
「だから、超似合ってるってことで‥」
「も、もっかい言って、録音する!」
「すんなっつの。もう満足だろ、ほら行くぞ」
「ええ!?待ってもっかい!」

出来る限りの全速力で太一の後ろを慌てて追う。

「空耳かと思ったからもっかい!」
「うるせ」
「太一じゃないと思ったからもっかい!」
「んなわけあるか」

ありとあらゆる理由をつけていると、ぐいと引っ張られた私の手。雪が降りそうなくらい寒いのに、太一の手は熱くて少し汗ばんでいた。
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