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skinny pants





結局12連勤を終えた所で、わたしはやっとお役御免となった。そう、無事に店長が出勤してきたのである。‥してきたのである、ということは、まあつまり今日も朝から店には行ってきたということだ。

「流石にしんどいわ‥」

敢えてブラック企業だなんて言わないでおこう。働いた分だけ給料はちゃんと貰えるし、働く人達も悪い人だとも思わないから。だけど、体力には人それぞれ限界があるのだ。そして今日、明日と休みにしてもらえた訳だし。先ずは家に帰ったらアイラインやアイシャドウをひいたばかりの化粧をさっさと落として寝ようと、そういうことを考えるしかできなかった。

お腹を満たす為にコンビニに寄って、おにぎりとインスタントのお味噌汁を購入する。本当はフルーツの缶詰でも買いたかった所だったけど、相当眠いせいで多分そこまで食べられる余裕はないだろう。うつらうつらとしながらあと数10メートルの距離を歩いていると、信号機の点滅する色がおかしなことにぼやけているのが分かった。あれ、おかしいな。赤と黄色と青のはずなのに、随分真っ白に見える。心なしか頭がふわふわするのは多分、気のせいではない。

「あれ‥苗字さん?」

聞こえた声に思わず頭が覚醒した。一瞬誰だか分からなかったけれど、気付いた時にはかなり近い位置にいたので、漸く顔を認識した瞬間に目が大きく見開いたのだ。そこにいたのはスーツ姿で、恐らく今から出勤であろう東峰さんの姿があった。こんな疲れ切った顔を彼に晒すなんて恥ずかしいことこの上なかったが、今は顔を赤くすることも青くすることもできない。願わくば早く寝かせてほしいと、そればかりが頭の中を支配していた。

「ど、どうしたんですか、随分顔白いですけど‥!」
「今日で連勤終わって‥やっと寝れるんです‥」
「大丈夫ですか!?今から帰るんですか?!」
「そうです、ほら、もう見えてるんで、」
「足元ふらついてますよ、あの‥よければ送って行きましょうか‥?」

ん?なんだ今の、‥空耳か何か、だろうか。
そうは思ったけれど目の前の彼の顔は酷く真面目で、自分の顔色が少しだけ戻っていくような感覚がした。いや、顔色というか、‥頬っぺたが少し、熱い。

「へっ?‥いやいや、遅刻しますよ、」

なんとか私が口にできたのはそれだけだ。だってあんまりにも心配そうなのが嬉しいだなんて口が裂けても言えないのだから。差し出された手には応えることなくぶんぶんと首を振って笑えば、東峰さんは困った顔をしたまま自分の差し出した手を彷徨わせていた。
多分ここで「じゃあお願いします」って手を握ることができれば、甘え上手で可愛い女の子なのかもしれない。しかも相手は東峰さんで、ちょっといいなって思っている人なのだ。ここで1歩踏み出せば何かが変わるのかもしれないけれど、生憎そんな積極的な女ではないのである。

「でも‥」
「今日死んだように寝れば復活しますし、ほら、東峰さんを遅刻させる訳にはいかないので‥」
「そう‥ですか‥」

彼は見た目と違って自分の意見を押し付けてくるような性格ではない。それはなんとなく分かっていた。だけど、困った顔をされるのはあまり気分良くはない。まるでわたしが悪いことをしているみたいになっちゃうじゃないかと、こっちまでしゅんとしてしまう。決して東峰さんが悪い訳ではないんだけど。

彼の背中を押して、いいからもう行ってくださいと声を掛けて、何度も後ろを振り向いてくる彼にわたしも何度も手を振った。姿が見えなくなったところでほっと息を吐くと、折角久しぶりに会えたのになあと少しだけ落ち込んでしまう。いやだって東峰さんは仕事に行く途中だったのだ。そんなのしょうがないじゃないか。わたしは絶対に悪くない。そのまま歩いて帰宅すると購入したものをテーブルに撒き散らして、ぴたぴた張り付いていたスキニーパンツをその辺に放り投げると、本能の赴くままベッドにダイブした。

多分このままわたしはコンビニで買ってきたおにぎりにもお味噌汁にも手を付けることなく寝て1日を過ごすのだろう。その前に一言東峰さんに「すみません」と「ありがとうございます」をメールでお伝えできればいいのだけれど、鞄の中にスマホが入りっ放しになってる時点で今日は何もすることは出来ないと思う。折角心配して声を掛けてくれたというのに、私は勿体無いことをしているよなあ。そんなんだから中々彼氏もできないんだろうなということを今改めて思い知っているところだ。‥半分微睡みの中で。

2019.09.07




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