order made!

Tiered skirt





「ありがとう、ございました‥っと」

すいすいとスマホを何度も操作して、東峰さんに送るメール文を考えていたにも関わらず、そのどれも送れてはいない。下書きには既に3つのメール作成文があるっていうのに、どれもこれもちゃんとした文面になっていないような気がして、何度も何度も作り直していたのだ。
あれからもう3日。単純に、なにも考えずにヒョイって送っちゃえばいいのに、なんだか珍しくテンパってしまってお返事が返せていないなんて有るまじき自体である。

「苗字さん、ちょっといい?」
「あ、はい」

仕事の休憩時間ではあるが、わざわざ店長室に呼ばれたということは何か大切な用事なのだろう。店長の手招きに慌ててメール作成をやめて、ポケットに自分のスマホを入れてついていった。中に用意されていた1つのパイプ椅子は、なんだかなにかを宣告されそうな気がしてならないが、‥いやまさか異動とかじゃないよね?と少し不安になってしまう。一応ポジション的に、異動はない筈なんだけど。

「ごめんねー休憩中なのに。でも私も急でねえ、苗字さんには早く言わないとと思って」
「はあ‥?」
「私ね、来週から異動になっちゃって」
「えっ!!!!?」

驚いた拍子にポケットからスマホが転がり落ちていく。衝撃吸収型のスマホカバーなので、まあ取り敢えず放っておいてもいいだろう。それよりもだ、随分急過ぎないか!?だがその急過ぎる異動にも、ちゃんとした理由があるらしい。

最近売上が著しく悪い店舗があり、新人店長ではもう立て直しが出来ないであろうと踏んだ上層部が我が店長の異動を命じたそうだ。ここは基本的に1人1人の能力が高く、出来る人が多いのもあり、例えば新人が配属されたとしてもなんとかなるだろうということで決定したらしい。‥それを聞くと、なにか信頼されている店舗なのかなと思わなくもないが、それは多分目の前のこの人が出来たから、という部分が強い。ぶっちゃけ不安である。私がここに入社してから、ずっとお世話になった人。ひよこ時代から今までちゃんと見てもらったからこそ、今の自分があるのだ。

「ど、どこの店舗なんですか、」
「中心部だよ。ほら、1番大きいとこ」
「え‥なのに売上著しく悪いってやばくないです?‥いやでも確かにサービス悪いって噂は聞いてたけど‥」
「すごい出来る新人って期待されて店長に充てがわれたらしいんだけどね‥だいぶ潰されたみたい。ちょっと可哀想だった」
「うええ‥」
「ってわけでさ、ここに次来る店長さんも新人なので、苗字さんも助けてあげてね」
「店長にそう言われるとなあ‥」

そっか、いなくなるのか‥。目の前でにこにことしながらも少し不安そうな表情は拭えていない。だけど私もここで「やだやだ!」なんて泣きつくような大人には成長していないので、送迎会やんなきゃなと頭の片隅で考えながら席を立った。‥しょうがない。こういうことは、いずれは来る運命なのだ。今回はそれが少し、いやだいぶ急だっただけ。









店長異動の話から、心が随分としゅんとしてしまっていた。そのおかげで、東峰さんに送る筈だったメールも今だに作成中のままだ。仕事に支障は出さないけど、ちょっとだけ落ち込んでいたのが本田君には分かってしまっていたらしい。夕方頃出勤してきて、そのまま全ての業務を終えて夜、お店の鍵閉めをしていた私の後ろからひょこりと顔を覗かせてきた彼に驚きながら一歩足を引いた。

「わっなに、まだ帰ってなかったの?帰ってよかったのに」
「一人残せる訳ないじゃないすか。お疲れ様です」
「お疲れ様。‥てか声かけてよびっくりするじゃん‥」
「なんか苗字さん元気なかったなと思って驚かせにきたんですよ。‥なんかありました?」

きゅっと眉間に皺を寄せる姿は、なんだか女の子みたいだ。大丈夫大丈夫、と肩をぽんぽんと叩いて鍵を締めると、ちゃんと全部鍵が掛かったのを確認して鞄を持った。‥っていうか、いいのかな。本田君帰んなくて。就活とか対策とか色々大変だろうに。
さて、今度こそは東峰さんにメールを送らなければ。でも「メール送ったのに返信3日もないとかなんなんだよ」とか思われてたらどうしようとか、そんなことをぐるぐる考えていると、何かを言いたそうな本田君の視線がぶつかった。

「‥あの、」
「んー?」
「苗字さん俺、」
「あっ」

何かを言いかけた本田君の声と、曲がり角から急に出てきた人の声が重なる。それが誰なのかが分かった時、わたしの足は無意識のうちにそちらへと向いていた。どうしたんだろう、こんな時間に。なんて。新作のティアードスカートの裾が少しヒラヒラして、足にふわりとまとわりつく。鬱陶しい、なんて思いながらぱたぱたと近付くと、曲がり角からでてきた東峰さんは、緩くだけ笑って手を振ってくれた。私まだメールだって返してないのに、‥優しいなあと思うと同時に、ちょっとラッキー。

「どうしたんですか?今日遅いんですね」
「残業で‥」
「お疲れ様です、あの‥すみませんメール返せてなくて‥」
「そんな、全然気にしないでください」

どうやらすぐ側のコンビニに寄ってから帰宅している最中だったらしい。栄養ドリンクやおにぎりの入ったビニール袋になんだか心配になって、まるで親みたいに「ちゃんと食べてますか?」と口からつい出てしまった。楽だけど、体にはよくないのは分かっている。だけど詰まる所私もコンビニで済まそうかなと思っていた身なので、言ってすぐに少し後悔した。

「‥え、知り合いすか、」

空気の中に1つぽんと放り投げられたような、困惑した低い声。しまった、本田君まだ居たんだったって大概失礼なことを今更のように思い出してしまって、慌ててごめんと返す。だけど、なんかこのタイミングで東峰さんのこと「お客さんだよ」って紹介?するのもなんか違うような‥。いやでもお客さんなんだよな。ぶっちゃけ説明し辛い、とこある。

「ん、んー、そう、ちょっとね」
「もしかして彼氏とッうぐ」

こら、そんなことまで流石に最後まで言わせないからなとばかりに小突く。黙れコノヤロウ。そうして棒みたいに立ち尽くしていた本田君は東峰さんの顔を見て、なんとも言い難い変な表情で固まってしまった。‥正直、彼を彼氏と間違えられても気分は悪くない。でもそれはわたしの場合だ。東峰さんがどうかなんていうのは分からないから。

「ふーん‥」

納得の全然出来てない声を出したと思ったら、じろ、じろとわたしと東峰さんの顔を見比べている。‥何処か居た堪れない。そんな訳で、早く帰りなさいとばかりに自転車に跨った彼の背中を押す。じわじわと熱いのは本田君の背中なのか、それとも東峰さんと会って、ぎゅんとテンションの上がってしまった私の手のひらなのか、‥まあ多分、後者なんだろうけど。

2019.06.19




BACK