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「‥何やってんの、苗字さん」

部活も終わり、煩い部室を後にした僕を待っていたのは、2ヶ月前に僕のクラスに転校してきた苗字さんという女の子だった。というか、そもそも本当に僕を待っていたのかは最初こそ分からなかったが、僕の顔を見てほっとしたように笑ったものだから多分そうだろうと思う。山口が田中さんに何故か捕まっているが、そんなことは気にしていない。それよりも、なんでここに苗字さんがいるのか。

「よかった。月島君がまだいてくれて」

まるで綿菓子みたいにふんわりと笑った苗字さんは、落ち着いたとばかりに胸を撫で下ろし、大きく息を吐いていた。いつもピンと張っている真っ直ぐの背中が、この肌寒い季節だからか少し丸まっている。一体いつからいたのだろうか。

「部活終わったばっかなんだからいるに決まってるデショ」
「体育館見たら誰もいなかったんだけど、さっき影山君と日向君だっけ?が、凄い勢いで部室から飛び出したのが見えたから、月島君ならいるのかなって」
「‥で、誰待ってんの」
「え」
「"が"とか"なら"とか、明らかに僕には用事ない言い方じゃん。誰待ってんの」
「え、と‥」

なんだよ、僕を待ってるとかただの勘違いってことか。目を泳がせている苗字さんに溜息を吐いて、視線の先をなんとなく追ってみた。一瞬だけそこで止まった瞳に思わず苗字さんと声が重なる。‥‥ああ、そういうこと。

「で、なんでキャプテンに用事があるわけ?」
「っや、やめてよ、しー!」
「しーってなに」
「だ、大ちゃんね、幼馴染なの。お母さん達もすっごい仲が良くて、あの、2つ歳は上なんだけど‥昔からたくさん遊んでくれたんだ。でも中学の時に私が転校しちゃって、その、また大ちゃんと同じ高校に通えるの嬉しくて、一緒に帰りたいなあ、とか‥思ってたり‥」
「そんな話し初めて聞いたんだけど」
「それはそうだよ、初めて話したもん‥」
「部のキャプテンなんだし、僕に知る権利はあるんじゃないの」
「え、ええ‥‥なにそれ‥?」

初めから知っていたら僕がこんな気持ちにならずに済んだかもしれないのに。そういう大事なこと、早く言ってよね。そう考えながら彼女の右の頬っぺたを引っ張ると、思いの外マシュマロみたいで驚いた。女の子は柔らかいと聞いたことはあるが、どういう構造になっているんだろうか。

「澤村ー!部活終わりー?」
「道宮」

突如聞こえたキャプテンの名前に逸早く反応した苗字さんの顔が分かりやすく曇った。確かあの人、女バレのキャプテンだったっけ。そういえば、主将同士仲が良いとかどうだとか。そのままの流れで一緒に帰り出した2人を視界に入れたまま、へなへなとその場に座り込んで行く。そんな風になるの、漫画の世界だけだと思っていたから少しだけ面白いなあと思いつつ、僕もなんとなくその場に座り込んだ。

「反応分かり易すぎじゃないの?」
「‥あの人、中学校の時から大ちゃんと仲良かった人」
「ふーん」
「あの人も一緒の高校だったんだ‥」
「‥あのさあ」

真っ直ぐピンと伸びた背中も、じっと真っ直ぐ見つめてくる瞳も、僕が苗字さんを好きになった理由のうちに入ってくる要因だ。それを他の男に向けるなんて嫉妬以外のなにものでもない。というか、キャプテンだろうとちょっとムカつく。

「君って澤村さんしか見れない病気なの?」
「っな!?そ、そんなに見てないよ!!」
「‥そのバカ正直な感じ、すごく腹立つ」
「ちょっと‥!そんな言い方しなくても‥!!」
「帰るよ。どうせ1人なんでしょ」
「‥月島君って、そんなに意地悪い人だったっけ‥」
「僕、山口とくらいしか一緒に帰らないから」
「?なあにそれ、どういう意味?」
「澤村さんから離れた頭で考えてみたら」

行くよ。そう言って鞄をひったくれば、何するの!本当に今日は意地悪!なんて、マシュマロみたいなほっぺたを膨らませた苗字さんに、自分の口角が上がるのが分かった。少しずつ攻略するしかないか。とても面倒だけど、そう考えてしまうのは、きっと彼女のせいだから。

2017.02.09