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とある仮装パーティーの行われたホテル(これでも仕事)から帰ってくると、ふかふかのソファの上に真っ黒の大きな布があった。‥なんだこれは。そうして、恐らくこの布の持ち主であろう人物はどうやらシャワー中らしい。遅くなるって言ってたけど、もう帰ってきたんだ。

「私も早くお風呂入りたいなあ‥」

今日は本当に忙しかったなあ。ハロウィンは1日だけなのに、イベント期間は1週間もあって、ホテルの中にはコスプレした大人ばかりで。ハロウィンってさあ、子供のイベントだよね?最近は大人が楽しんでるイベントになってるよね?多分皆イベントに参加することで、嫌なことを忘れたいんだろう。んん、世の中が良くない証拠なのかな‥なんて、割とガチで思っていたりする。

「ナマエ、帰ったのかい?」
「征ちゃ‥」

ごとん。今のは私がマグカップをソファに落とした音だ。中身入ってなくてよかった‥。‥じゃない!お風呂から出てきた征ちゃんはお風呂から出てきたばかりだと言うのに、何故か黒いズボンを履いている。っていうか上半身裸はやめて。まだ同棲して1週間、目のやり場に困る。

「な、せ、ど、っか行くの‥?、」
「ああ、中学時代の友達に誘われて少しハロウィンパーティーにな。一昨日言っていただろう?」
「あ‥‥‥そう、だった‥」

忘れてた。そういえば少しだけ顔を出してくるって言ってたっけ。中学時代のバスケ部のチームメイトとは、今だに素晴らしい関係が続いていて、私も何度か会ったことがある。とても個性の強い人達で、面白い人ばかりだ。私も一緒に行くかと誘われたけど、明日も仕事だからと断ったのだ。

「征ちゃん、‥その、征ちゃんもしかして、もしかしなくても‥仮装して行くの‥?」
「ああ、そういうパーティーだからね」
「じゃあその黒い布は仮装用ってこと‥?」
「気になるのか?」

いやそりゃもちろん、天下の赤司様が仮装するんだったら気になりますわな。その前に上半身裸もどうにかしてほしいですけども。

「そうだな‥‥ナマエは俺がどんな仮装をすると思う?」
「え‥黒い布‥黒い布を被ってお化け、とか‥」
「‥さすがにクオリティが低すぎないか?」
「ですよね〜‥」

仮装にクオリティを求めるとはさすが征ちゃんである。‥だとしたら、この黒い布を巻くことでクオリティが上がるのか。‥巻くのかは知らないけど。

「‥っはは、」

少し笑った征ちゃんの口から、ちらりと普段ない筈の八重歯が見えた。あれ?征ちゃん、そんなに八重歯長かったかな。じろじろと口の中のそれを見ていると、ああ、とまた笑う。

「この歯は作り物だよ。知り合いがね、ドラキュラの仮装なら付けた方が良いって言うから、作ってもらったんだ」
「あ、成る程‥じゃあこの布はマントってこと‥」

思い付いたように口から出せばそう、なんて笑いながら征ちゃんは首を縦に振る。お恥ずかしい。巻くとか、黒いお化けとか。なるべく早く帰るからねと頭を撫でられて、いいのにそんなと言おうとして、口を噤む。ダメだ、やはり上半身裸は。

「えっと‥‥上、着ないの‥?」
「1週間だよナマエ。そろそろ慣れてくれないと。そもそも、俺の裸なんていつも見ているだろう?」
「それとこれとは違うから!」
「何が違うんだい?」

急に意地悪になるなんてどうした。このタイミングでスイッチ入ったとかやめてほしい。いやほんと、今から出かけるんでしょ!?ずいずいと距離を詰めてくる征ちゃんに後退りして思わず両手で胸を押し返した。

「相変わらず照れ屋だね」
「いいから、着替えていってらっしゃい!」
「ん」

ちくり。注射器で刺されたみたいな痛みが首筋に走る。何が起きたかと思えば、いつの間にか征ちゃんは私の首元に顔を埋めていた。石鹸のいい匂いがして、暖かくて、‥恥ずかしい。

「‥俺が帰るまで起きててくれるかな」
「‥へ?」
「折角のイベントなのに、お預けなんて無理だから」

その言葉がどういう意味なのかなんて聞ける訳がない。ビシリと固まった私を余所に、征ちゃんは上機嫌で白いカッターシャツに手を伸ばすのだった。

2016.11.26