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なんというか、ちょっと残念。いやかなり残念‥本音はすっごく残念。ホワイトデー初日は昨日だったけど、なんにももらえなかった。川西君、部活が大変なんだろうし分かる、‥分かるんだけど、ちゃんとバレンタインの時からお付き合いだって始まってるわけだし、なんか一言くらいあると思ってたもん。メールもなかったし電話もなかったし、まあ、こうやって無事付き合えているんだから文句言うなって感じもするんだけど。‥ああ〜でも川西君って、失礼だけど無頓着そうだもんなあ。お返しとかって苦手そうだし根本的に忘れてそうな気も‥。

「お前独り言うるさいんだけど」
「いった!」

突然ばすっと頭を叩かれて吃驚していると、頭上で面倒臭そうな顔をした白布賢二郎と目が合ってしまった。どうやら彼のノートで思い切り叩かれたらしい。っていうか独り言とか言ってた?

白布君とは一応腐れ縁で、中学校の頃から一緒だったりする。まさか高校まで一緒になるとは思っていなかったけど、彼はこう見えて中々バレーボールに熱い男だから、強豪の白鳥沢の入学試験を受けたのはまあ‥ある意味予想通りと言えばそうなのかもしれない。いやそれよりも。この人部活なんじゃないのか!

「もう部活終わってるから早く行ってやれよ」
「‥なんの話ししてるの?」
「察しろ」

なんだ急に。

うざったそうな顔でしっしっと払われて、なんのことやらと首を傾げながらぎゅうと眉間の皺が寄る。察しろよってなんのことだ。大体君は一言二言ばかり言葉が足りないんですよ前から思ってたけど!!

「あいつド緊張してんだから優しくしてやれよな」
「だから、なんのことなのかって聞いてるの!」
「?‥お前、電話とかきてねえの?」
「誰から?」
「太一から」

えっ。え?そんなの1通も、1件もきてないけど。慌ててiPhoneを鞄から出して確認してみても、やっぱり今日待ち合わせてるとかいう連絡なんてなんにも入っていない。ふと気付くと、目の前で目を点にさせた白布君が物凄く変な顔をして私を見ている。川西君がなんか言ってたの?ホワイトデーのこと。‥なにそれどういうこと。どういうこと!

「げ‥まじかあいつ‥結局連絡できてなかったのかよ‥」
「な、なんか言ってたの?」
「‥。とりあえず体育館行ってみれば。俺出た時もう全員いなくなってたし」
「行って大丈夫‥?」
「うるせえ早く行け」

いや、それ女の子にしていい顔じゃない。なんでそんなに怒られないといけないと分からないけど、私は取り敢えず彼の言葉に素直に従うことにした。だって会話の中心にいたの、川西君だったんだもん。そりゃ行くよ。行きますよ。べー!と白布君に舌を出して、捨て台詞のありがとうを残して廊下を駆けた。後ろで頑張れーとか、心全然篭ってない声出てるの分かってるからな。

別に、ホワイトデーのお返しで何かがほしいとか、そういうわけじゃない。なんとなく、そういう特別な雰囲気があるのを楽しみにしていただけなのだ。だって付き合ってるんだもん。本当は学校帰りに一緒に帰ったりとか、その帰りにちょっとどこか寄ったりだとか。‥川西君は部活が忙しいから、そういうことは言わないようにしてるけど。

「‥でも、さっきの聞いたらちょっと期待しちゃうな」

根本的に忘れてそうとか思ってたの、訂正しなきゃ。ふにゃとついにやけてしまう頬っぺたをなんとか押さえつけると、ばたばたとどんどん駆ける足が早くなっていく。階段も職員室の前も全力で走って、体育館の前。体育の授業でも切らしたことのない息を吐きながら、目の前で目を大きく見開いたその人を見つけて、また大きく心臓が弾んだ。

「お‥おお、やべ、超ナイス、タイミング」

明らかに動揺を隠しきれていない川西君がそこにいて、ついでに左手で持っていた何かを分かりやすく隠した姿が可愛いと思っていたら、周りをちらちらと確認した後にちょっとちょっとと大きな手がゆっくりと私を招く。な、なに?なんでもないように川西君の側に行くのがこんなに難しいなんて思わなかった。1歩ずつ近付いていくと、口をむにゃむにゃさせて、いつもごめんなあなんて棒読みで早口な言葉と、ほんのり熱そうな頬っぺたが見えた。

「‥私、我儘だなあ」
「え。なんだよ急に」
「寂しかったんだ。覚悟はそれなりにしてたつもりなんだけど。‥ホワイトデーとかも忘れてるかもなって思ってて」
「あ、いや‥今日ちゃんと持ってきた」
「それ、そうかなと思った」
「げっ」

いやいや、げって。白布君の言葉もあったからだけど、あんなに分かりやすく隠されたら大体予想つくよ。後ろを覗き込むように体を寄せてみると、観念したように差し出された可愛いピンクの袋。一瞬見えた袋の中は、カラフルな食べ物が並んでいるようだった。‥こんな可愛いの、1人で買いに行ったのかな。川西君そういうの苦手そうなのに。

「電話とかメールとか、そんなに得意じゃねーし、‥好みだって分かんねーし。白布にも怒られるし‥人に押されてばっかで、‥ごめん」
「ふへへ‥嬉しい、ありがと」
「おー‥」
「‥えっと、あと、やっぱり我儘言っていい‥?」
「ん?」
「寄り道デートしたいなあ‥って」
「‥‥なんだよその我儘」
「え」
「ナマエは俺をどうしたいんだよ‥」
「は、はい?」
「だからあんま可愛いこと言うなっつってんの」

ぽんっと頭の上から湯気を出したみたいな川西君に、私もぼんっと煙を噴いた。口元を覆い隠した川西君が、ちらりとこっちを見てもう片方の手で私の手首を掴む。どこ行きてえ?なんて言われても、まだなんにも考えてないよ。考えているのは、この手をどうやって恋人繋ぎにしてもらおうかということだけなんだから。

2018.03.30