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今日は店まで来て、だなんて。

わざわざ彼の働く職場まで来てみて、私は緊張していた。なんでここまで呼ばれたのかっていうのは大体分かっている。‥分かっているんだけど、少し恥ずかしい。だって、ホワイトデーだよ。絶対お店でお菓子あげるとかいう手筈になってるじゃんこんなの!

職場で働いている貴大の知り合いの人達には、そりゃもちろん良く見られたいから、隅から隅まで頑張ってきた。どんな服だと好印象なのかとか、どんな化粧だったらウケがいいのかとか、とにかく雑誌で読んだ文字を頭に詰め込んだ。そうして出来上がった私は、今までにないくらい超清楚な私。するするとした白いブラウスと、ふわっと靡く花柄の黄色いスカート。緊張しすぎてお店の前で足を揃えて固まっていると、ガラスの向こうから目をまん丸くさせた貴大と目が合ってしまった。ばたばたとこちらに走ってくる姿に、若干後退りしてしまう。似合ってねえ!とか言われたら帰ろう。

「うおえ!なんだよ、その格好ビビる!」
「すいませんね‥色々考えてたらこの格好に落ち着いちゃったんです‥らしくないのは把握済みです‥」
「いつも通りでよかったのに。親への挨拶か」
「同じようなものだと思うけど‥」
「まー可愛いからいいけど。はい、取り敢えずいらっしゃいませー」

からんからん。扉についていた可愛いベルが鳴って、店内の視線が一気に集まった。気難しそうな男の人や、貴大くらい若そうな男の人。頭の上でお団子をしているお目目の丸い女の子。ぺこりと慌てて頭を下げると、気難しそうな男の人の顔が一瞬でくしゃりと崩れた。‥あ、よかった。案外優しそうだ。

「え‥あっ、と、苗字ナマエです。貴大がいつも‥すみません」
「いやそこはお世話になってます、だろ」
「はは、初めまして。いつもお世話してますこの店の店長です。貴大、よかったらあっちの個室使いな」
「え、‥いいんすか?」
「いつもこき使ってるからね。特別にどうぞ」
「まじすか、‥ありがとうございます」

じゃあ、こっち。通路の一番奥にある扉を指差して、私の前を歩いて行く貴大に慌ててついていく。後ろを振り向いて、またペコペコとお辞儀をしながら扉の先に入ると、真っ白な壁と床と、可愛らしいベージュのソファが見えた。クリアガラスのテーブルの上に、ちょこんと可愛らしいメニューが乗っている。お店の外観は知っていたから、もちろん内装も大体予想はついていた。だけど、まさか個室があろうとは。どうやらお忍びで芸能人もよく来るらしく、その為の個室らしい。私芸能人じゃなくて、パティシエ見習いの花巻貴大の彼女‥なだけなんだけどなあ‥。いきなりこんなに良くしてもらっていいのだろうか‥。

「そんな緊張すんなよー」
「するよ!私芸能人じゃないんだから!」
「ホワイトデーだから特別に貸してくれたんだろうな。後で目一杯こき使われそうだわ」

かたんと目の前のソファに座るように促されて、私の正面に貴大が座った。お洒落なジャズが流れている。音感なんてない癖になんの音だ、ミか、ソか、なんて必死に考えていると、目の前で机に肘をついていた貴大が可笑しそうに笑った。

「おもしれー顔、百面相してんぞー」
「落ち着かないよ‥こんな綺麗なとこ呼び出されて、なんかすごい特別な日みたいじゃん‥」
「特別な日みたいじゃなくて、今日は特別な日だろ」
「毎年恒例のホワイトデーだよ‥」
「‥まあちょっと待ってなって」

そう言って可愛い扉から出て行った彼を見送って、大きく息を吐く。あーやばい。全く落ち着かない。メニューを手に取って、内容を声に出して呼んで首を傾げた。これ‥何語だ‥読めない‥。ううんと唸りながら携帯で意味を調べること数分、戻ってきた彼の手には、直径15cmくらいの正方形のクリーム色の箱が乗っていた。

「‥これホワイトデーのお返し」
「あ、ありがと。‥なんか凄い高級感‥」
「めちゃくちゃ高級だよ。開けたらびっくりするかも」
「開けていい?」
「覚悟してどうぞ」

そんな覚悟いるかなあ。神妙な顔をした貴大が可笑しくて可愛いくて、笑いながら真っ白なリボンを外す。上から外せる形状になっていて、蓋をぱこんと開けてみると、雪みたいに真っ白い、まさに文字通り丸い形をしたケーキと、ぴかぴかと眩しい何かが真ん中で光っていた。うわ、凄いね!って、まず真っ先に言えることが出来なかった。真ん中でぴかぴかと光るそれは、ドラマとかショーケース越しとか、そんな場面でしか見たことがなかったから。銅像みたいに固まってしまった私の横で、こほんと咳払いが聞こえる。‥待って、待ってよ。これ、すっごい高かったんじゃないの。見習いの癖に、‥お金なんてない癖に。

「見習いの癖にって思ってんだろ。どーせ」
「‥だって、そうじゃないの‥?」
「4月から自分の店出すことになったって言ったらどーする?」
「へ?‥え!?」
「内緒にしててごめんなー。どうしても驚かせたくって。‥そのタイミングで言おうと思っててさ」
「‥たかひろ、」
「結婚しよ。絶対幸せにする自信あっから」

ぽたん。吃驚しすぎると、人間ってのは涙が出る生き物らしい。はくはくと声に出ない喜びが空気に溶けて、それを汲み取ってくれるみたいに貴大が照れ臭そうに笑う。結婚していいんですか。え、むしろ駄目なんですか。いや、結婚したいですけど。じゃあしましょうよ。コントみたいな幸せな会話の後に、ケーキの上でぴかぴか光る指輪を貴大が掴み取った。

「な、すげーだろ、超ジャストサイズ」
「超ジャストサイズって、なに、それ」

ぐずぐずになった目元を撫でて、じゃあ返事はオッケーということでよろしいですか?と、物凄く真面目な顔で聞いてきた貴大に私は思い切り抱き着いた。ほわりと漂う甘いバニラクリームの香りを纏った貴大は、私をこれでもかというくらい幸せにしてくれる、人生最強の男だ。

2018.03.18