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「作ってきてね」

‥なーんて好きな人に言われて、作ってこない女子はいない、と思う。人の心を掴むのが上手な彼は、私がうんともいいえとも言わなかったのをいいことにじゃあ約束、とばかりに勝手に指切りをして帰ってしまったのだ。数分かそれ以上か、ぼんやりとしていた私の後ろから、夜久君がお疲れ!と一言、ぱしんと背中を叩いてきてから現実に戻ってきた。‥のが、1週間前の出来事。

「黒尾がチョコの催促なー」

もぐもぐと彼女から貰ったというトリュフを口にしながら、夜久君は私の手に収められているピンクの箱を見ていた。今日はバレンタインデー当日だ。なんで黒尾君に作ってきてね、なんて言われたのかが分からない。‥程馬鹿じゃない。だけど、そう考えてしまうのは、あまりにも黒尾君と接点がなかったからだ。私ばっかりが黒尾君を目で追いかけていただけであり、席だって端から端という遠さがある。彼と話したこともそんなにないのに。‥そんな正体不明に近い女子に声をかけてくるなんて、彼はどこの宇宙人なのだろうかと真面目に考えている。

「苗字のこと好きなんじゃね?」
「夜久君人の話し聞いてた?」

黒尾君とは違い、常にお隣の席の夜久君はなんでもなさそうな顔をしてそう一言言い放った。だから、接点がないの接点が。最近話したの何か知ってる?クラスの役員決めをする時に「何か意見がある人」「はい」「じゃあ、黒尾君」ってこれだけだよ?待って、これ会話?事務だよね!落ち着けって。

お前は考えすぎると一々めんどくさいんだから、相手が自分を好きだってそう思ってたら案外上手くいくんじゃねえ?って、男らしくばっさりと言い切った彼は、赤と黒の箱を大事そうに袋に仕舞うと、口元についたチョコレートの汚れを舌で拭ってああ美味かったと呟いた。そりゃ可愛い彼女のチョコレートですもの。格別に美味しいでしょうね。

「黒尾が作ってきてって言ったんだから何か理由があるんだろ。考え無しにアレコレ言う奴じゃねえから」
「そりゃあ分かってますけどもさ‥」
「苗字だって言われなくても作ってくるつもりだったろ」
「ソウデスネ」
「ラッキーだ、ラッキー。逆に要らねえとか言われなくてよかったな」

この人こんなに人の心を抉るタイプだったっけ。いや、抉っているわけではない。夜久君は何事もズバッと物を言う直球タイプの人だから、私はきっと励まされているのだ。うん。そう考えて溜息交じりにお礼を言って隣を見てみると、夜久君の隣に1人、黒いツンツン頭が増えていた。

「ぶっ、く!?」
「夜ーっ久ん、センセーが呼んでましたよ」
「げ‥進路調査のアレか‥」
「あ、ちょっちょちょ、待っ‥」
「というわけで黒尾君が隣代わりますネ?」

よいしょっと。教室の隅っこで、男子にしては小柄な夜久君と喋っていたのに、体格の良い黒尾君が無理矢理と入ってきたことでなんだか狭いし近い。夜久君は夜久君でさっさと先生の所に行っちゃうし、空気を読めないという読まないというか。そうして私のすぐ側ではまだ寒ぃなあ、という白い息と声が。心臓が破裂どころじゃない、固まって砕け散る。‥意味同じか。

「苗字サンは夜っ久んと仲良いよな」
「‥せっ席、隣だから」
「俺ら端から端だもんね」
「ん、うん、」
「でもさ」
「?」
「端から端でも分かることってあるわけですよ」

端から端でも分かること。‥なんか、あるっけ。眉間に皺が寄るほど考えてみたけど何も思いつかなかった。新しいなぞなぞか何かみたいだ。でもなんだか、その答えは意外と近くに転がっていそうな気がして、そうして私は息を飲んだ。‥端から端でも分かること。私、端から端でもずっと黒尾君のこと、‥見てた。

「熱視線に当てられたら、流石の俺も気になっちゃって気になっちゃって」
「えっ、あ、あのごめ、そんなつもりは!!」
「‥そんなつもりなかったなんて今更言うのナシ」

俺、ちゃーんと気付いてたんですよ。ばたばた慌てる私の手首を掴んだ瞬間、後ろのクラスメイトの声が小さくなっていった。何も気にならないくらい黒尾君しか見えない、黒尾君の声しか聞こえない。じいっと猫みたいな目に見つめられると、ちっちゃな箱の中に2人きりで閉じ込められたみたいに恥ずかしかった。

「ピンクの箱、俺の?」
「黒尾君、待って」
「待つけど。苗字さんの手で渡してくれるまでは」

全部確信犯だ。貰えることを分かっていた上で、私のしようとしていることしようとしていたこと、全部計算した上で待っている。取り敢えずお友達からでもいいんです。素早く差し出してピンクの箱を押し付けると、その言葉にお腹を抱え出した彼はヒーヒーと笑いながら受け取ってくれた。取り敢えずお友達からでいいのね?そう言われるとなんだか物足りないけれど、今の私にはまだ、うん、と言うだけで精一杯だ。

2018.02.19