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バレンタイン以降、避けるように東峰君の教室でさえも近付かなくなって、1ヶ月程。つまり、卒業式を迎えてしまった。あの日はそのまま帰ってしまって、潔子ちゃんにも心配されたし、澤村君や菅原君にも心配された。もちろん事の顛末は話せなかったから、適当に腹痛が酷くなったと答えて謝ったら、不服そうな顔をされた。まあ、渋々納得はしてくれたけど。

「はあ‥」

3月5日。他の高校より少しだけ遅い卒業式。制服ももう着ないし、学生鞄も使わない。卒業式でもらった小さな花束もそのうち枯れる。終わったら皆で体育館に行くぞって澤村君達と約束したけど行ける気がしない。屋上のフェンスにずるずるともたれて、小さく溜息を吐いた。

澤村君は東京の大学へ。菅原君と潔子ちゃんは近くの大学へ。東峰君は就職する。‥私は、というか、私も就職することになった。スポーツジムの正社員。バレーボールのマネージャーが功を奏して、というかは分からないけれど。

「‥‥体育館、皆行ってるかなあ‥」

私も行きたい。そうは思ったけど足は動かなくてやっぱり溜息。クラスメイト達はもう下校中で、残っているのは在校生と、その在校生に捕まっている3年生、あとは先生とか、かな。

「うう"‥」

ちゃんと仕事できるかなとか、寮に入ってもやっていけるかなとか、今まで考えてなかった不安が頭を過る。最後の最後の大事な日にこんな所にいるからこんなことを考えちゃうんだ。ちゃんとお別れできていれば、気持ちも新たにできたのに。多分。‥‥ヤバ、泣きそう‥

「‥っいた‥!!!?!」

小さな音で控えめに屋上へ入ってきた音。最初は風かと思って顔を上げたら、瞳に映ったのは見慣れていたヘアバンドと烏野排球部のジャージ。

「あ‥‥東峰君‥!!?」
「泣いてるの!!?腹痛!?まだ?!」
「いや、泣いてはない、けど‥なんで‥」
「絶対どこかにいるから探して来いって言われて‥」

なにそれ皆怖いんだけど。涙は驚きと同時に引っ込んだけど、その代わりに心臓がすごい音を立て始めた。‥煩い、静まればか。

「‥‥‥あ、あのさ‥ごめん、苗字さん」

思い出したように、顔をハッとさせた東峰君がいきなり謝ってきた。‥ん?なんの謝罪‥?もしかして、いきなりあの告白の返事ですか‥?途端に風が冷たく感じて身震いした。‥突然振られるって何。唐突すぎて涙も出ませんけど‥東峰君はもう少し言葉を選んでくれるかとばかり。‥いやそれが彼なりの優しさだ。不器用だなあ。

「ううん、いいの‥あんな、突然押し付けるようなことした私が‥」
「え?あ、いや‥そうじゃなくてさ‥ホワイトデーの前日から3日間新人研修でこっちにいなくて。でも、お返し遅れても絶対渡すから」
「いいよ、律儀な‥‥渡せただけで充分‥」
「そう、じゃなくて」

私の目の前に座り込んできた東峰君は、恐る恐るというように手を伸ばす。触れた手は少し震えていて、まるで感染したように私も震えだした。恥ずかしいんですけど何急にどうしたの‥だから心臓煩いってば。

「本当は、‥すぐ言うつもりだったけど。苗字さん、あれからずっと俺のこと避けてたから‥」
「うっ‥」
「俺だって好きだったのに‥‥酷いなあ」
「‥‥。ええ?」
「えっ‥‥‥なんでそんな反応薄いの‥」

いや、そりゃそうなるでしょう。あれ?私振られたんじゃなかったっけ。繋がれていない方の手で頬っぺたを抓るとちゃんと痛くて、思わず2度見ならぬ2度引っ張り。空耳か?空耳じゃなかったらなんだというのか。‥東峰君が今喋った?本当に?

「‥う、嘘だと思ってるんだけど‥」
「嘘じゃないって。‥俺もずっと好きだったから、チョコ貰った時凄く嬉しかったんだ」
「‥」
「‥まだ信じてない?」
「‥ごめ、うん‥びっくりしすぎてちょっと‥整理が‥」

つかない。そう言おうとしたら、おでこにわずかな痛み。ゆっくり彼の両手に包まれた私の両手は熱さを感じるし、気付いた時には東峰君が目の前にいた。‥おでこ、くっついてるんですけど。なにこれどういう状況ですか!!?唇もくっついてしまいそうで、必死になって唇を口の中に押し込もうともがく。変な顔してるかもしれない。いやこれはしてる確実に。

「あ‥やばい‥」
「え?」
「大地達に早く連れて来いって言われたんだった‥」
「‥」

緊張感があるのかないのか。でも東峰君は動く気配がないので私も動かないことにした。‥‥結局ホワイトデー、期待していいってことだろうか‥?

「‥あと少しだけこのままでもいい?」

聞かれても困るし、もういいよお返しなんて。東峰君がお返しだなんて、一番予想だにしてなかったんだから。

2017.03.26