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もうすぐ3月。3年生である私達はもうすぐ卒業する。私達というのは、私を含めた潔子ちゃん、澤村君、菅原君、そして東峰君の5人だ。本当はする予定のなかった烏野男子バレー部のマネージャーになって半年、本当に楽しかった。春高も終わって、あとは3月にある最後の親善試合のみとなった今も、私達は1週間に2、3回は部活に顔を出している。皆寂しいんだな。そう言う私だって寂しい。そのくらい私がバレーボールにハマってしまった理由は、東峰旭君がいたから。彼がいなければ、私はバレーボールにハマっていない。

「先週の火曜日は!なんの日でしたか!!」
「え?‥‥えっと、」
「苗字が怖がってるだろうが!!やめろ!!」

というわけで、今日も今日とて5人で部活に顔を出した訳だが、今日の皆の顔つきがなんだか違った。特に西谷君と田中君が近い。鼻息が荒いのは気のせいだろうか‥いや、気のせいではない。目を輝かせている2人の後ろでは日向君もそわそわしている。‥ああ、月島君や縁下君のスルー感がなんだか懐かしい。大きく叫んだ澤村君の声も昔に戻ったみたいだ。

「相変わらずだなあ西谷も田中も‥」
「お前らもうすぐ最高学年なんだからなー、ほんと頼むぞー?」
「縁下、苦労をかけるな‥」
「分かっていたことですから」

男気半端ない縁下君の顔付きは、もう一端のキャプテンみたいだ。昔、"俺は逃げたことがありました"ということを言っていたが、それも彼には必要なことだったんだと思う。日向君や影山君の衝突仲も前よりは無くなっているし、成長したんだなあ‥‥なんて、上から目線は怒られるだろうか。

「清水先輩、苗字先輩!シャス!です!」
「仁花ちゃん」
「やっちゃんお疲れ様」

1年生マネージャーの谷地仁花ちゃんは少しだけ髪が伸びた気がする。日向君と影山君の仲介役を上手くこなすようになった彼女も、やはり成長したうちの1人だ。そういえば私も彼等の為に日々貢献できていたんだろうか。少しは色んな面でも成長できたかな。ぼんやりそんな後輩達のことを考えていると、やっちゃんの横で土下座する2人の姿が見えた。何故、土下座!!

「えッ‥!!?ど、どうしたの、2人共‥」
「義理なんか気にしません!バレンタインデーという幸せをお恵みください!!」
「こら。さっき谷地さんにもらっただろ。義理」
「縁下コラァ!!義理言うなコラァ!!義理でも心は篭ってるんだ俺には伝わっている!!」
「谷地さんはお前達のなんなの?」
「「マネージャーです!!!」」
「そうだよな」

どきり。バレンタインデーと聞いて、私の心臓が飛び跳ねた。いや、用意してない訳ではない。用意してるから飛び跳ねたのだ。しかし1人にだけ。バレー部全員に用意する時間等あるはずはない。大学受験本番が一昨日で、そこから慌てて作ったから。言い訳にしていいだろうか。‥いや、その言い訳は言えない。東峰君だけに渡すなんて言える訳ない‥。

「とりあえず烏養さんが来るまで頭にお花畑を咲かせたお前らを俺がしごいてやるかあ‥お前ら定位置につけコラアァァァァ!!!!」

うわっ、澤村君がコーチに見える。怒ってるけど、その姿すら楽しそうに見えた。

‥もうすぐ、この体育館から私達はいなくなる。そう考えると、この光景を目に焼き付けておかなくてはならない気がした。そして、東峰君に気持ちを伝えられるのもきっと今だけのチャンス。ああーなんか、泣けてくる‥春高決まった時も散々泣いたし、春高の結果でも散々泣いたのに‥

「苗字さん、どうしたの?」
「わっ!」

目の前が少し揺れた所で、視界に東峰君の顔が映り込んできた。驚いて引きそうになった足をなんとか止める。こういうのだって慣れた。‥まあ、慣れざるを得なかったというか、なんというか(あの2人のおかげ)。

「ご、ごめん、」
「ううん!その、‥もうすぐ、卒業なのかーって。早かったなって」
「‥うん、そうだね」
「私、東峰君に出会ってなかったらこんなにバレーボールが楽しいんだって知らなかったから。半年、‥すごく楽しかった」

澤村君と一緒になって後輩をイジメにいく菅原君、スパイク練習を手伝う為にコートへ走っていった潔子ちゃんとやっちゃん。そんな周りの姿を見渡しながら、小さく東峰君と会話をするのはあと少し。あと少しだけ。

「あの‥‥‥東峰君、ちょっといいかな‥」
「?うん、いいよ」

扉の後ろに隠れて、皆からの視線をシャットダウン。周りを見渡して、鞄の中からそっと箱型の包みを取り出した。ちらりと東峰君の顔を盗み見ると、少しだけ目を丸くしている。‥恥ずかしい。中身が何かなんて、彼には分かってしまったはずだ。指が震えたけど、意を決して東峰君に押し付けた。

「‥え?」
「あの‥、‥あの、今までのお礼というか、ほんとに、マネージャーやり始めて楽しくて。きっかけは東峰君だったから、どうしてもお礼言いたくて‥」
「‥いや、俺はそんな‥」
「いや、ちが‥いや違くはないんだけど、そうじゃなくて‥」

言いたいことはもう1つ、チョコと一緒にどうしても伝えたくて。彼の顔をじっと見ていると、頭の中が沸騰してきて湯気が出そう。もごもごしていると、体育館からこっちに向かってくる音が聞こえた。ヤバイ、チャンスを逃す‥!

「‥‥‥すき」
「え、‥‥‥え‥?」
「私、東峰君のこと‥‥ずっと好き、で‥」
「‥苗字さ‥」

ぐいぐいと押し付けたチョコの箱が、ペコッと少しだけ変形した音がする。そのまま逃げるようにその場から離れて、ばくばく煩い心臓を落ち着かせることにした。‥遠くからボールの音が聞こえる。折角顔出しに来たのに、馬鹿だなあ私。これじゃあもう、あの場所に戻れないよ。

2017.03.18