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どうしよう。自分の行動力に只管驚いている。私、こんなに積極的な女だっただろうかと、人の家のドアの前で今更ながら困惑しているところだ。

バレンタインデー。どのお店も浮き足立つようなイベントデーの本日、やはり浮き足立っている私はわざわざチョコレート片手に、休みだからと彼氏でもない好きな人の家まで押しかけていた。同学年の鈴木悠君だ。真面目で、優しくて、高校生のくせにジェントルマン。今時自分が教室に入る前に、「お先にどうぞ」なんて言いながら高校男子が一歩身を引くだろうか。一瞬で惚れた。

そうしてインターホンを押すまでの度胸が出ず、10分ほどドアの前で佇んでいた所、後ろから音が聞こえてまさかとばかりに高速スピン並の速さで振り向いた。本人だったらまだしも、お母さんとかだったらどうしよう!色んな間違いが起こった挙句に「どうぞどうぞ上がって?」とか言われたら、私もそうだしそれ以上に鈴木君が困惑する。

「ええっ‥」

そんな振り向いた先にいたのは、いつもは眠そうなお目目をぱっちりと驚いたように開いたクラスメイトだった。青峰大輝改め大輝君は、バスケットボール片手にこちらを凝視。

「‥なにやってんだお前。そこ自分家じゃねーだろ」
「え‥や、ちょっと、用事というか‥なんというか‥」

なんでこんなタイミングで鈴木君の前に大輝君が!!そう思いながら、赤と黒の少しだけ高級感のある紙袋を背中に隠した。中身は手作りだ。お金はない。

「なんだよ、今何隠した」
「なんでもなくて!っていうか、大輝君も何してるの?部活は?」
「今日は休みだからダチとストバスしに行くんだよ。で、ほらなんだよ」

折角話を反らせたのに、手を伸ばして私の後ろを催促する大輝君に眉間の皺が寄った。無理、無理。というか、今日はなんの日か察してそっとしておいてほしい。どうしようインターホンが押せない。

「悠、早く行こうよ」
「ちょっと待てって、そんな急がなくてもいいだろ‥」

ドア越しに聞こえた男女の声に、慌ててその場から離れようと距離を取ると、大輝君に思いっ切りダイブした瞬間にドアが開いた。‥鈴木君と、綺麗な女の人。お姉ちゃんかな?‥似てない。

「あれ?‥悠、誰?」
「苗字さんと青峰じゃん。なんだ、2人共付き合ってたんだ。あ、この人は俺の彼女」
「初めまして。ミユって言います。‥あ、そっか!バレンタインデーだもんね。もう、悠ダメだって邪魔しちゃ」
「いや、俺悪いの?」
「ふふ、私達も今からデートなの。2人もでしょ?お互い楽しい日になるといいね」
「だな。‥あ、じゃあ行こうか。邪魔しても悪いし」
「うん」

‥え、何これどういうこと。すごくスマートに彼女の紹介されて、私はいつの間にか大輝君と付き合ってる設定になってたんだけど。この袋、貴方にあげる為のチョコレートが入った袋なんだけど。でも、すごく楽しそうな2人の顔を見たら何も言えなかった。‥というか、彼女、歳上っぽいよね。すごく綺麗な人。お姉さんかと思ったし、お姉さんであってほしかったけど。そして、流れるようにフラれた。どんどん離れて見えなくなる鈴木カップルの姿に視界が歪む。最悪だ、最悪‥。

「そういや今日バレンタインか。‥つーか、ナマエうお!!!?!!!お前泣いてんの!!?」
「大輝君のバカー‥!!」
「なんでだよ!」

人生初告白を心に決め、フラれてもいいと思っていたのに告白すらできずにフラれた。しかもその直前で彼女と鉢合わせてしまうというオチ。酷くない?せめてもう少し早くインターホンを押すことができれば、何も知らないまま告白をしてフラれることができたかもしれないのに。

「‥んだよ、それチョコレートだったのかよ」
「もうお嫁にい"け"な"い"」
「どんな思い詰め方だっつの!!いや、ちょっとマジ泣くなって」
「鈴木く"ん"〜‥」
「あのな‥。ああ、じゃあそれ俺貰うわ」
「なんで!!もういやだ大輝君にもバカにされてバレンタインデーなんか嫌いだよお‥うう"っ‥」
「うっせーな。‥とりあえず顔上げろ」
「なんなんっ」

乙女心をあざ笑うなんて酷すぎる。文句の1つでも言ってやろうとお望み通り顔を上げた。いつも仲良くさせていただいてますけどね、親しき仲にも礼儀ありだよ大輝君!!‥なんて、言う暇がなかった。唇に違和感を感じて思考が停止したのだ。

「‥!!?」

なんで、大輝君にキスされてんだ私。するりと腰に回った手が、隠していたチョコレートの袋を奪っていく。それ、大輝君に作ったものじゃない。怒ってもいるけど困惑もしている。カサついた唇がゆっくりと離れていくのが分かると、慌てて顔を引いた。

「何やってるの‥!!?」
「俺もたった今バレンタイン嫌いになったわ」
「意味分かんないですけど!!」
「お前が鈴木にチョコ渡す為の現場になんか遭遇したくなかったっつってんだよバカ。まあとりあえずこれはもらってく」

声にならない叫びは、大輝君に届く訳もなく。そのままスタスタと長い足でさっさと去っていく姿を呆然と見送りながら、私は鈴木君の家の前で立ち尽くしていた。ねえ、大輝君はなんで私にキスしたの?そう言えたらよかったのに、そこまでの勇気はない。‥大輝君の唇の感触が消えるまで、暫く時間がかかりそうだ。

2017.03.28