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「これも美味しそうだね〜」
「ナマエが食べたいのにしていいよ」
「ダメだよ!京治君のバレンタインなのに!」
「バレンタイン半分欲望半分なのに?」

ぐうの音も出ない。超人気チョコレート専門店に並ぶこと1時間半。京治君のバレンタインチョコを買う為に、という理由をつけて来た。‥なのに、全く決まらないのだ。全部美味しそう。しかもそもそも京治君が選ぶべき物であるはずなのに何故彼は私に選ばせるのか。それは、彼は私がチョコが大好きだと知っているからだ。世の中で言われている優しい彼氏とは多分、京治君のことを言うんだと思う。

「このとろりとろける生ショコラも美味しそうだけど、隣のチョコムースも捨てがたいんだよ〜!ねえ京治君助けて」
「全部買ったら?」
「そんなに買えないよ‥高いもん‥」
「そう」

そう一言だけ言ったきり、京治君は黙って私がチョコを選ぶのを眺めていた。なんか私の為に来てくれたみたいになってるんだけど。いや間違えではない。しかし‥とは言いつつ、選ぶのもやめられない。なんか、京治君はもしかしてバレンタインのチョコとか欲しくないのかな〜なんて思ったり。今日だって私が言わなかったらバレンタインデーということすら忘れていただろう、この男は。

「‥じゃあ、これと、これとこれにしようかな‥」
「3つでいいの?」
「うん。そんなに買えないし」

なにより、本当のことを言うと京治君にもっとはしゃいで欲しかったんだけどな。優しいけど、いつも何かとクールにやり過ごすからだもっと別の顔が見たいのだ。付き合い始めて3ヶ月が経つけど、キスどころか未だに手を繋いだこともないし、まだまだ彼の知らないところもたくさんある。

「‥京治君、もしかしてチョコ嫌い?」
「そんなことないけど、ナマエが選んでくれるならそれが1番いいし」
「‥そう?」
「好きな子に美味しいチョコ選んでもらえるとか嬉しいでしょ。本音は手作りがいいけど」
「ご、ごめんね‥来年は頑張る‥」
「だから、今日は1歩先に進ませてもらうけど。いいよね?」

しっかりと聞こえてきた声に大きく瞳を開いた先、超良い笑顔の京治君が見えた。こんな顔するんだなあ、意外だ、なんて思いながらもはくはくと口が金魚みたいに動く。1歩先、とは。手か、キスか、‥いや、男の子の感覚だったらもしかしてその先もあり得る‥?そんなバカな‥!考え出したらキリがなくて、脳内にピンク色の妄想が広がった。

「何考えてるの?ナマエの変態」
「なっ!!?」
「手、繋ぐくらいいいでしょ?随分我慢したよ、俺」
「が、我慢って‥」
「ダメ?」

下から覗き込むように言われて、グッと唇を噛む。なんで、そんな随分余裕のない顔で言うの。別にダメって言ったことなんてないし、なんなら私はいつでも触れて欲しかったよ。我慢なんて‥‥なんでしてたの?

「‥‥‥あの‥‥すみませんお客様‥」

突然声をかけられて我にかえると、目の前には顔を真っ赤にした女性の店員さん。忘れていたが、ここは超人気チョコレート専門店の店内である。もう一度言おう、店内だ。特に女性に人気の、チョレート専門店の、‥店内。

「‥うっ、わあああ!!!すみません!?!」
「あ‥い、いえ‥お決まりでしたらお伺い、します‥」
「はッ‥はいッ‥ふ、スッ‥スミ‥ッ」

恥ずかしすぎる!!!慌てて指を伸ばして適当なチョコレートを差すと、店員さんもなんだか慌てて包装し始める。てかなんでこんなにテンパらないといけないんだ!当の本人と言えば、涼しい顔をしてお店の紹介カードをのんびりと読んでいる。バカなの?この人に心の臓はないの!?

「あれ、真っ赤」

ふと気付いたみたいに、ハハッて笑う声。誰のせいだと思ってるんだ!と同時に、カチンコチンになった掌に別の熱が重なった。京治君がしてやったりみたいな、子供がイタズラをした時みたいな笑顔を浮かべている。

「すみません。あとこれと、これとこれも」

そうして京治君がまた別の注文をし出したもんだから、私は頭を傾げるしかない。なんだ、結局食べたいのあったんじゃん。言えば良かったのに、と思いながら財布の中身を確認してほっと一安心。なんとか足りそう。

「半分払うから」
「‥え?いや何言ってんの、駄目だよ私が払わなきゃ意味ない、」
「好きな人に渡す日なんだから、俺もナマエに渡したいんだけど」

ねえ今日の京治君ぶっ壊れてない?固まっている隙にさらりと全額出されて、包装されたチョコレートを受け取った彼は私の手を引っ張っていく。去り際に、私達の後ろに並んでいた知らない女性客2人が「お幸せに〜」なんてニヤニヤしながら言うものだから、私は真っ赤であろう顔を俯かせることしかできなかった。

2017.04.06