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やばい今日ホワイトデー。ホワイトデーだ。とはいえ私は今日1日丸々部活ですけど。ちなみに赤司先輩は既に卒業式を終えているので学校には来ていない。当たり前だが来ていない。でもなあ、「それじゃあまた、ホワイトデーで」って言われたもんなあ。期待もするし、わざわざ私の為に来てくれるんじゃないかなと今日に至るまで毎日ずーっと考えている。

「いたっ!」
「ちょーっと、真面目にやってくれる?スリーメン終わらないんだけど?」
「ご、ごめんごめん‥」

赤司先輩のことばっかり考えていたら、近くの同級生に叩かれて我に帰る。だってしょうがないじゃん。貴方には分からないでしょうけどね、今日は私の為に赤司先輩が来てくれるんだから!(完全に予定だけど)

ワンバウンドさせたボールを手に取ると、気を取り直してドリブルしながらゴールへ向かう。バスケ歴6年目になるが、高校生になってからメキメキと実力が上がった気がする。いや、6年もやってんだから上がってもらわないと困るわけだけど。でも多分、高校生になって急に上手くなったのは赤司先輩のおかげだ。好きだからこそバスケにも燃えることができた。‥‥とても尊敬できた理由ではない気がするけど。

「苗字!パス!!」
「オッケー、‥と見せかけてっ!」
「ゲッ!!」

シュッ、と飛ばしたボールの行方は後ろで誰もマークしていなかった別のチームメイトへ。パス!なんて呼んだ彼女が意表を突かれて少しだけ恥ずかしそうにしていたが、そもそもそれが狙いなのだ。騙すなら味方からってやつです。あとで文句を言われるかもしれないが結果オーライなわけだから問題はない。後ろでパスを貰ったチームメイトはハーフラインから3ポイントシュートを決めた。

「ナイッシュ〜佐藤〜」
「苗字先輩のパスタイミングさすがですっ!」
「‥流石赤司先輩ずっと見てただけあるよね」
「あれ、そんなに不貞腐れなくても。いいじゃん結果オーライだったでしょ?」
「恥ずかしかったんだわ!」

げし、と蹴られたお尻が痛い。女の子なんだからそんなはしたないことしないの!と怒鳴る直前に扉の向こう側から見えた綺麗な赤い髪の毛。あれ、今のって‥。そう考えただけで、心臓が大きく鳴り響く音は周りに聞こえていないだろうか。

「‥‥ちょっと?どこ行くのまだ部活中だけど」

もしかして、本当に来てくれたのかな。ホワイトデーのお返しを持って。慌てて扉まで駆け寄ろうとしたが、それを制したのはもちろん同期のキャプテン。どうやら皆は存在に気付いていないらしい。気付いていればとりあえず黄色い声が上がるはずなのだ。

「‥よく聞いて。重大な任務を思い出したの」
「この試合を投げ出すほどの重大任務?そんなのあってたまるかさっさとコートに戻れ」

思いの外とても怖かったので大人しく戻ることにはしたが、あの赤い髪の毛が気になって気になってしょうがない。これはとりあえずさっさと試合を終わらせるしかないと考えて溜息を吐いた。


***


そうして部活も終わり、只ならぬ速さで着替えを終えた私は、とにかく無駄に校舎及び体育館の周りを歩き回った。‥だが。

「‥いない」

そう、見当たらないのだ。見かけたはずの彼の姿を。かなりショックである。それじゃあまたって言ってたから期待したのに。ハッピーエンドだと思っていたのに。こういう時にこそ心底思うのは、頑張って連絡先を聞いておけばよかったということ。見間違いだったのかな‥。大きく溜息を吐いて、もう帰ろうとくるりと向きを変える。

「いだっ」

そうして向きを変えた瞬間ぼすん、と肌触りのいい何かにぶつかった。

「誰か探していたのかな?」
「‥っあ!赤司先輩!!」

黒いコートにくすんだ赤色のセーター。そうして顔を上げて視界に入ってきたのは、にこやかに笑っている赤司先輩の顔だった。ほ、本当にいた‥。

「ホワイトデーのお返しですか!?」

つい口から本音が漏れてしまった。普通自分から聞くべきじゃないことを、あからさまな表現で口に出して。ぽかんとした赤司先輩の顔にじわじわと恥ずかしくなっていくが、ここでひいてはいけない。固まること数秒後、ぽかんとしていた彼の顔は緩々と崩れて、そして私の目の前に小さい袋を差し出した。これはやはり私の為の!!ということは赤司先輩は!!!私が!!!

「大学のことで少し先生に呼ばれていてね」
「そうなんですか!」
「チョコレートありがとう。美味しかったよ」
「それはよかったです!!」
「‥で」
「はい!!!」
「これは君へのホワイトデーのお返しなんだけど」
「本当ですか!!!?」
「その前に。まだ大事なことを聞いていないから、ちゃんと聞きたい」
「‥。えっ」

あ‥‥あれ‥?‥そうだ、そういえば、私はチョコレートを渡しただけで、なんにも伝えてはいない。というか、伝えるつもりがあったかと言えばそれは肯定できない。赤司先輩にチョコなんて、渡せれば良い方だと思っていたから、高望みなんてするものじゃないと思っていたからだ。そんな私の気持ちを無視して催促してくる赤司先輩は酷い先輩である。まあ‥‥そういうところも好きだと思ってしまうから私も相当だ。

「‥‥えっと‥あの、‥えーっと‥」

いざ言おうとしてもできない。いやこれ当たり前でしょ。ていうかなんで相手に言われて告白なんてしなきゃいけないんだ。金魚みたいに開く口は言葉を紡ぐことはない。目の前の赤司先輩はしばらく私の顔をじっと見ていたが、とうとう耐えられなくなったのか口を手で押さえて噴き出した。

「ちょっ‥完全にからかってるじゃないですか!」
「フフ‥いや、人の顔はそんなに赤くなるものなのかと思ってね」
「酷い!!!!!」
「嬉しいんだよ。俺をそこまで好きでいてくれていたということが」

しかも普通にバレてるし!!私だけ羞恥プレイ公開の刑に処されてる気がしてならないが、そう言いながら笑った彼の顔だってほんのり赤い。

「‥好きだよ」

そう告げた彼が私に手を伸ばすまであと数秒後だということは、きっと誰も知らないのだ。

2017.04.24