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これはいけない。中に飛び込んでいけばその中の誰かに刺されるのは目に見えている。‥が、行かなければ私はこのチョコレートシフォンケーキを頑張って作った意味がなくなる。きっと当日はすごい人でごった返しているんだろうなあっていうのは分かっていた。分かってはいたけど、作ってきたのだ。全ては赤司先輩の為に。

「赤司君、あの、よかったらこれも‥!」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

そんな女子の言葉を難なく断り、華麗にスルーして行く赤司先輩の姿を視界に捉えて私は溜息を飲み込んだ。貰ってもらえなくても、まずは声をかけることに意義があるのだ。女子バスケ部員として入ってくるや否や、隣のコートでもれなく人気を博していた赤司征十郎先輩は、なんだようるさいなあとぼんやりしていた私の心にダンクを決めたのだ。何あのカッコいい人!その気持ちはもうすぐ1年と半年を迎えようとしている。

「やあ、苗字じゃないか」
「赤司先輩!おはようございます!」

目の前から女子の大群を従えているように見えた赤司先輩が、ケーキの箱を抱えた私の姿を見て声をかけてくれた。やはり毎日の功績とは大きいのだ。赤司先輩を見かけたら挨拶、そしてバスケの話し、挨拶、そしてバスケの話し。‥しかしそれでも、赤司先輩がこれを受け取ってくれるとは限らない。

「あの、先輩これ‥っ!」
「ああ、またな苗字」
「エッ」

ぽかん。肩をぽんと叩かれて、今まで見ていた女子生徒以上にスルーをされた私。赤司先輩はそのまま流れ作業のようにするりと離れて行ってしまった。そんな1部始終を見て周りの女の子達が可哀想な物を見るような目を向けている‥気がする。だがしかしこんなことで諦める私ではない。それは先輩だって分かっているだろう。

「ナマエ〜、まーたすんごいスルーくらったね‥大丈夫?生きてる?」
「生きてます!!こんなんで挫けません!!」
「うわお。鋼の心だね。頑張れ!」

おい親友だろ呆れるな。気付くと赤司先輩は既に遠くでまた女子の大群に捕まっている。やはり"洛山の赤司征十郎"の名前はすごい。外に出たら他校のファンも集まっているのではないだろうか。‥ああ、恐ろしい。

「でもめげないんだからやっぱあんた鋼の心だよね。すごいわ〜」
「‥」

とりあえず一発引っ叩いておいた。


***


「‥こんな時間まで何をやっているんだ?」

それはこっちの台詞ですよ。流石に21時過ぎてるし、校内には残っていないだろうなあと思って、きっと赤司先輩に!と頼めば1つ返事で了承してくれるだろう葉山先輩を探していたら、職員室で出てきた赤司先輩に鉢合わせた。え、もしかして私すごく運良いんじゃない‥?周りに蔓延る女子もいないし、多分もう帰るタイミングだったであろう赤司先輩の姿に小さくガッツポーズをした。

「あはは‥それより赤司先輩、今日は大変でしたね」
「ああ、気にしていないよ。貰ってあげられないのが申し訳ないと思うけどね」
「え‥理由があるんですか?」
「もちろん。欲しい物しか受け取る気はないよ」
「ええ‥そんな理由‥」
「そんな理由とは酷いな。‥それより」

スッ。無言ではあるが極自然に手を差し伸ばしてきた赤司先輩に、頭を傾げて数秒後にハッとした。まさか、私と手を繋ぎたいのでしょうか!疲れた私にはそうとしか考えられなくて、にゅっと右手を伸ばして赤司先輩の左手に。触ってる‥赤司先輩に触ってるよ〜‥!!!なんだ手が繋ぎたいならそうと言ってくれれば‥

「‥何をしているんだ?」
「う"え?違いました‥?」
「"またな"って言ったろう?あんな所で受け取ったら、それこそ格好の餌食になってしまうから」

いやすみませんなんの話?てかなんか私の感違いすごく恥ずかしくない?クスクスと笑った赤司先輩は、私の左手に持っていた袋に手を伸ばしてそのまま奪い去っていった。あ、そういうこと。‥‥‥え、そういうこと‥?

「‥え、あ‥そういうことだったんですか‥!?」
「それじゃあまた、ホワイトデーで」

物凄く良い笑顔を浮かべて颯爽とその場から離れて行く赤司先輩の意図とは。私にはハッピーエンド的なストーリーしか思い浮かべられないんですけれども。あー、表情筋が失われていく‥どうしようニヤける!!嬉しくてつい廊下をスキップしていたら途中で横切った先生に怒られたけど、全く気にならなかった。

2017.04.16