▼▽▼


「あれが噂の影山飛雄?」

本日"あの"烏野高校で"あの"白鳥沢との練習試合があるからと聞きつけて、自分の部活そっちのけで電車を乗り継ぐこと約3時間、バスで15分。着いたと思ったらギャラリーで溢れかえっていて、さすが去年全国に行っただけあるなあと思っていたら、前の方に若利君がいて驚いた。彼はこういうの見に来るタイプじゃなかったと思うんだけどな。思わず近付いて声を掛けてみれば、仏頂面が少しだけ崩れた。

「何故苗字がこんな所にいる。部活はどうした」
「こんなオイシイ試合早々見れないと思ってさー。去年見れなかったし主将権利使って来ちゃった」
「そうか」
「ツッコミが浅い辺り若利君は変わんないねー。そうだ、大学どう?」
「通っている。今日は白鳥沢と烏野が練習試合をすると聞いたから見に来た」

大学1年生になった若利君と、高校3年生になった私。去年の夏頃、世界ユースの合宿で若利君と知り合った友人関係は今だに続いていた。ちなみに勘違いしないでほしいが、合宿場所は違う。体育館が一緒だっただけだ。

「で、あれが噂の影山飛雄?」
「ああ。その隣が日向翔陽だ」
「いや、そっちは聞いてない‥‥ってちっちゃ!」

若利君が視線を向けた先、オレンジ色の小さい子がぴょんぴょんと飛び跳ねていた。周りが大きいから小さく見えるのか、彼がただ小さいだけなのか。‥いやこれは後者だな。とりあえず若利君の推しは無視して、例の影山飛雄に目を向ける。なんと目付きの悪い‥。去年、月刊バリボーで見た写真は緊張してるみたいに固まってたから分かんなかったけど、あれまだ高2なのか。

「白鳥沢は去年烏野と決勝だったんでしょ。どうでしたか若利君。天才セッター影山飛雄は」
「次は勝つ。大丈夫だ」
「ごめんそれも聞いてない」

ことごとく無視するなこの人。もういいや、これは自分の目で確かめよう。

影山飛雄。冬のユース合宿で、太鼓判を押されていた天才セッター。技術もさることながらどこのポジションにいても力を発揮する。そしてセッターでこそ、その力の本領が発揮される。天才の癖にストイックで、3度の飯よりバレー好き。上がったトスはスパイカーの持ち味を活かす。これは全部、今まで雑誌に載っていた言葉達だ。こんな凄いセッターと喋ってみたい。そんな私の夢は冬のユース合宿にて叶うことはなかった。残念ながらインフルエンザで参加することができなかったのだ。無念。

「影山飛雄はまだ成長途中だ」
「あんだけ良く書かれておいて成長途中ってめちゃくちゃ嫌味じゃん」
「それはお前もだろう苗字」
「おお‥若利君に言われるとテンション上がる‥!」
「影山飛雄は、冬のユース合宿で苗字がいないことに気付いていたみたいだが」
「ウソ!影山君私のこと知ってるの!」
「?影山より苗字の方が有名だろう」
「そうなんだー!」

若利君の発言で嬉しくなった私は、思い切り彼の背中を叩いた。ばしん!と大きな音がしたが、大した痛みはなかったらしい。私の手が痛い。涙ぐんで後悔していると、試合開始のホイッスルが鳴った。

「‥‥わお」

コート内の彼はまさに、私がセッターとしてあるべきだと思っている姿そのまま。というか軽くその上をいった。完璧なタイミング、完璧なトス、最善の方法で仲間を導く司令塔。あの白鳥沢が苦戦している。隣の若利君はじっとコートを見つめていたが、私は影山飛雄だけに釘付けだった。


***


「‥チョット王様」
「あ"!?」
「扉の所見なよ」

1ゲーム終わった所で降りてきてしまった。若利君に断りを入れて人をかきわけていると、周りのギャラリーに顔を見られている気がしたが、そんなことは構わない。やっぱり少し、もう少し近い場所で。そう考えていただけなのに、眼鏡の子に声を掛けられたらしい影山飛雄が私を見た。瞬間、‥‥ぎゃっこっちくる!

「あの、井闥山の、苗字ナマエさんですよね。セッターの」
「え、ああ、はい‥‥」
「俺去年の全国の録画見ました。最後の速攻ヤバかったっス。ライトからバックアタックの体勢でしたよね、あれまぐれかと思ったんすけど、違いますよね、ライトの人完璧に入って来てたし、なんすかあのグッてなった後のシュッてトス、」
「あああのいっぺんに喋んないで‥」

本物のバレー馬鹿かよ。若利君と種類が違うわ。ぐいぐい来る影山飛雄にちょっと引き気味なのは致し方ないことである。中々綺麗な顔してる、モテそうだなあ。

「今日ずっと暇ですか」
「えっ?ええ、まあ‥」
「色々教えてほしいっす。練習試合終わったらちょっと付き合ってくれませんか」

真面目な顔と声のトーンで言われたからだろうか。心臓が大きく波打った。誌面で見るより遥かに魅力的に見える影山飛雄に、私は思わず口籠ってしまう。歳下の癖に余裕ありすぎでしょ、私歳上だぞ。

「いい、けど‥なんか奢ってね」
「アザッス!!!!」

対して私の余裕の無さよ。大きく波打った心臓は止まらなかった。アザッスってなに、挨拶の仕方から叩き込んでやろうか。「楽しみにしてます!!」そう言ってコートに戻って行く彼の背中を眺めながら、試合早く終わらないかなあなんて本末転倒な考えが頭を過ぎった。

影山飛雄。これから先、歳下の彼に自分の気持ちを振り回されるなんて思いもしなかった、烏野の天才セッターである。

2017.03.04