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「お帰りナマエー。今日も随分遅かっ‥‥どした?!」

孝支が驚くのも当たり前だ。目は絶対に腫れている自信があるし、化粧だってぼろぼろ。きっと過去最大にブサイクな顔を、同棲して間もない孝支に晒している。でもそんなの気にしていられないくらいに心は酷く荒れていた。

仕事で、自信満々の出来栄えの資料を提出したら、ダメ出しくらってぶった切られた。明日1日で全部修正なんて出来るわけ無い。そもそもこの資料作るのにだって1週間かかってるのに。食い下がって3日欲しいって言ってもダメだった。それで、今日は残業してとにかく必死にやってたけど、自信満々だったせいもあって余計に悔しくて、泣きながら資料作成してたらもう帰れって言われたのだ。上司が憎い。

「何!?どっか痛い!?ちょっ‥」
「孝支、ごめ、無理、ぐやしいい‥!!!」
「な、ちょっと待っ‥だ!?」

ごん!と、凄い音がした気がするが、私はもう何もかもにむしゃくしゃしていて、必死に孝支に抱きついていた。手を抜きたくないのは分かるし、私だって同じだ。それでも、必死になってやった物。労りの言葉だけでも欲しかったのに。

「もう、酷い、分かっだって、でもその時間じゃ絶対無理だっで‥言っだのに‥‥!」
「うぐ、うん」
「だから残業してだのに、泣ぐぐらいなら家帰っで頭をひやぜっで‥!」
「うん」

グズグズとまた涙が止まらなくなって頭を孝支の胸にぐりぐりと擦り付ければ、そっと頭を撫でてくれる。この温かい手が私は大好きで、凹んだりした時はいつもこうしてもらっていた。でも、いつもならそれで落ち着く筈なのにちっとも落ち着かない。気分が晴れないのだ。大好きな孝支の腕の中なのに。

「ナマエ、お疲れ様」
「ひぐ、っ‥」
「仕事、まだ頑張れる?もう頑張れない?」
「仕事は好ぎ‥だから、頑張る、けど‥」
「うん」
「う"う"〜‥!」

うん、分かった。そう言って、私が何かを伝える前に孝支は耳元で柔らかく笑った。多分、本当に分かってるから適当に流してくれたのだ。悔しい悔しいとひたすら連呼する私をぎゅっと抱き締めて、ゆっくりと起き上がる。さっきまでイライラしていたのに、少しずつ涙も引いていくから不思議だ。慰める言葉は極力かけないけど、たっぷり勝手に甘えさせてくれる。強がりで負けず嫌いな私を知っているからこその手だ。

「ご飯はとろとろ卵のオムライスなんだけど。‥ねえナマエ」
「あ"い‥」
「ご飯がいい?お風呂がいい?‥‥‥それとも俺?」

それ普通奥さんが言うセリフじゃないの。ぼろぼろになった顔で孝支の顔を見上げてみた。私の1番好きな顔でそんなことを言うとは卑怯な。鞄の中に入っている修正中の資料達が我こそは我こそはと叫んでいる気がするが、とりあえず今だけは少し忘れさせて貰うことにする。

「‥‥お風呂」
「エッ」
「と、‥孝支」
「‥それは、‥一緒に入るってことでいい‥?」

なんで孝支の方が拍子抜けしてるんだ。その顔を見て、私は本日初めて頬が緩む。

「‥‥ずるい、ナマエ、いつも一緒に入ってくれないのにこういう時だけ」
「お風呂、いや?」
「大歓迎です」

ちゅ、と汚れている瞼に落ちてくるキス。そのまま膝裏を持ち上げられていとも簡単に抱っこをされれば、主導権は孝支に握られた。上司、見てろよ。孝支充電パワーでフルボッコにしてやるからね。

2017.03.03