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「西谷の好きな人が3年の超美人マネージャーかー」

ぴくっ。聞きたくない事実であった。いや、というよりその噂は予々耳にしたことはあるが、信じていなかったのも確かである。近くの女子生徒め声が大きいんだよ。脳内ではそう愚痴を垂れているが、残念ながら私は極度の人見知りである。好きでもない文庫本をいつも開いているのは、話しかけられても返答に困るからだ。要はそっとしておいてほしいという、間接的な私の思いの表れである。

「あれでしょ?眼鏡で、黒髪の。確かにすっごい美人だよねえ」
「でもさあ、西谷相手にされてないでしょ。前にすごいスルーされてるの見た」
「マジかウケる」

ウケない!そもそも西谷君は、誰にでも優しい素敵な人なんだから!日直の仕事で大量のゴミを持って行く時、「女子には重すぎるだろ!任せろ!」なんて男前すぎるし、うたた寝してた西谷君を起こしてあげたら、「苗字サンキュー!お前っていい奴だな!」とか大袈裟な程のお礼を言われたこともあるし、勉強を教えてあげたらガリガリ君を奢ってもらったこともある。そしてあの笑顔でしょ、そんなの無理、恋してしまうに決まってるじゃない!

「‥はあ」

3年の超美人マネージャー。知ってる。清水潔子さん。知ってる。部活に入ってない私を勧誘しに来たことがあるから、知ってる。眩しすぎて会話がままならなかったから。男の子はやはりああいう、美人で聡明そうな女性に惹かれるのだ。どこのポイントをチョイスしても勝てる気がしない‥。

「苗字どうした!体調が悪いのか!?」
「えっ」
「いつも本ばっかり読んでるからな!まるで虫の息だな!」

虫の息?それは私がもう死の寸前と言いたいのだろうか。まあ死の寸前かもしれないが、それは誰のせいかと言われれば確実に西谷君のせいだよ!‥言わないけど。

「バカ西谷〜。本好きな人のことは本の虫って言うんだよ〜。苗字さんを勝手に殺そうとするな〜」
「ああそれ!それだ!本の虫!」

成る程、虫違いだった訳ですね。

「‥‥ぷふ、」
「おっ、笑った!やっぱ苗字って笑うと可愛いよな、もっと笑え!」
「!!?!!?」

目の前で何を言うんだこの方は!驚いて顔を上げれば、至近距離でにっこー!と笑う西谷君がいた。あ、これヤバイ心臓が壊れるやつ。ばさりと文庫本が落ちた音がしたが、それを拾ってくれたのも西谷君だった。

「いっつもこれ読んでるよな!"背中しか見えない君に恋をしてます"、上下巻!」
「う、‥え、い‥」

いや、読んでるというか‥もう随分前に読み終わってるけど‥。ていうかよく知ってるな。まあ、西谷君の後ろの席になってから、私の気持ちを代弁されてる気がして、もしかして西谷君気付くかな?なんて思ってたり。いやそれはきっと無理だなあ。こんな本で気付くとかあり得ないあり得な、

「なんだ!苗字!俺のこと好きなのか!?」
「はい、‥‥!!!?!!」
「マジか!両思いだな!俺も好きだ!」

まあ、なんとなく分かってたけどな!そう言いながら私の頭を撫で出した西谷君は、とりあえずアドレス交換しよう!と携帯を取り出す。私達の周りを取り巻くクラスメイト達は、いつもの西谷君以上に大騒ぎだ。あれ?清水潔子さんは何処へ?ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「え、の、‥‥っ、なんっ‥!?」
「苗字は恥ずかしがりだなー!顔真っ赤!ぐっ」

バカ、誰のせいよ!暴言こそ口から出ないが、慌てて西谷君の口を両手で塞ぐ。数分後、メール画面を開いた西谷君は手早く文字を打つと、その内容を私に向けて見せた。分かったから、と何度も頷くと、西谷君はとても嬉しそうに笑っていた。

2017.02.19