転機は突然、そして色々とやってくるらしい。

「1ヶ月後!!」

影山君と一緒にご飯を食べた翌日、いつものスタジオに着いた瞬間飛びかかるようにドアから出てきた侑さんが放った一言で、私も大声が出た。もうライブの予定が決まったらしい。それも1ヶ月後とは中々に早い。後ろでは治さんが控えめにそわそわしているような、‥いないような。

「れ、練習増やさないとですね!あとセトリもしっかり決めないと!!あ!バンド名もなんにも考えてない!!CDとか、どうします!?あと、」
「落ち着け落ち着けー。俺等もその辺は考えとる、今日はその話し合いっちゅーことで」

どうやら双子の2人には既に思うところがあるらしい。床の上にばら撒かれている大量の紙と、転がされたシャープペンシル。なんの予定かは分からないが、今日からあと半年後の予定まで、ぐちゃぐちゃに、でも緻密に。‥すごい。いやほんと、‥何者なんだろ、この2人。

あと1ヶ月の間にやることは、曲を5曲完成させることと、その中の3曲をシングルとして売り込むこと。フライヤーや掲示できるポスター作り、1つでもいいからグッズを作ること。‥これだけでも随分と忙しそうなのに、さらに並行して新曲も作っていくという。もちろん私が今まで作ってきたのも含め、真っ新な状態から始めるものも含めだ。半年後の予定は、ざっくりいうとアルバムを作ってワンマンライブ。‥半年って6ヶ月なんだけど、大丈夫なんだろうか。ワンマンって、他に対バンなんていないライブだよ。ねえ、本当に分かってる‥?

「な‥なんかスケジュールが過酷な気がする‥んですけど‥」
「早い方がええ。のんびりしとるとどんどん歳取ってく」
「若い方がオオッてなるしな!」

20歳っていうのは、業界では若い方なんだろうか。‥そこまではちょっと分からないけど、私より1つ歳上である2人が言うのであれば多分そうなんだろう。

「あとMCな」
「これは俺と侑同意見やったんやけど、」
「?」
「なんも喋る必要、ないと思う」
「え?MC無し‥ってことですか、」
「いや、自分そういうん苦手やろ?」

見透かされたように薄っすらと笑われて少し居心地が悪い。確かに、そういうの苦手だけど。テンション上げて喋ったりとか、雰囲気に合わせてしんみり喋ったりとか。‥でもそういうの、アリなんですかね?って聞いてみると、2人とも同じタイミングで首を縦に振った。アリ、全然アリ。‥だって。

「ライブの世界観を良くするんが俺らには合っとると思う。それにはMCとか、そんな邪魔なモンそもそも要らん」
「世界観‥」
「独特の世界観は、対バンが呼んだファンとか、それまで自分達のバンドなんか興味もなかった客を全部“もってく”ねん」
「印象強すぎて他のバンドが霞んだ、なんてよくある話やで」

何を思い出しているのかは分からないが、2人にはどうやらそういうバンドに思い当たる節があるらしい。珍しく顔を見合ってうんうんと頷く様子は、いつもと違ってとても仲良しに見えてしまう。‥って、そうじゃないそうじゃない。私もそれにへえ、なんて相槌を打って、スケジュール帳にメモをする。世界観を大事にする。‥そう書いて、顔を上げた。

「“閃光“って書いて、“ヒカリ”」

ぴらり。B4の用紙に、大きくて雑な文字。それが何か一瞬だけ分からなくて、首を傾げようとしてやめた。今の話を聞いてぴんとこない訳がない。‥他のバンドが霞むくらい、光を放つ的な、そういう意味だと思う。侑さんのドヤ顔が紙の向こう側から見えた。

「俺らがお前の歌を聞いた時の感想とか今の話とか、そんなやつ全部ブッ込んだバンド名なんやけど」

どうや?‥って、良いと思ってるからその顔なんでしょう。私が反対でもしたらどうする気だったんだ。まあでも、‥否定の言葉なんてない。私の歌に対する2人の感想とか、めちゃくちゃ嬉しいに決まってる。‥最高だよ、そんなの。

「‥これが良いです!」

そうしてここから始まった激動の日々。それと同時に、周りの環境が一気に変化した。取り巻く人々、自分の生活。‥だけどそんな環境の変化に、ただ1人変わらず、私の側に居てくれた人がいた。

これはそんな彼と私の、長くて短い終焉へのお話である。

2018.06.02