悲しい、苦しい、それでも好き

「よぉ、コトメじゃねー……うわっ!お前なんつー顔してんの!?」
「…………キバ…」

中忍待機所の窓際の角に背を凭れて体操座りをしながらどんよりとしていたところに現れた人物に、私は深く溜息を吐いた。犬塚キバ。彼は私と同期であり同じ中忍だがもうすぐ上忍試験が控えている。そのキバが私の顔を見るなりずざざっと体を引いた。

何、そんなに酷い顔してるって言いたいわけ?当たり前でしょ、私昨日とんでもない会話聞いちゃったんだから。大好きなシカマルから白魚ハヤさんへの…愛の告白。告白と言えるようなはっきりした言葉ではなかったけど、同じようなものだ。

「…気になるからですよ。ハヤさんのことが」
「好きだとは仰らないのですね」
「無謀な恋はしたくねェんですよ。アンタがネジと付き合ってンなら俺は"気になってる"だけで諦めもつく」
「策士さんは本当に変わった思考回路をされています」
「でも…」
「でも?」
「付き合ってねェんだったら話しは別」


シカマルがハヤさんのこと好きだったなんて‥全然知らなかった。シカマルのことは昔からよく知ってるとばかり思ってた。小さい時からずっと一緒にいて同じように歩んできたし、シカマルも私を気にかけてくれてるのかなって、距離が縮まってるのかなって自惚れていた。…なのに、シカマルは私を見ていたわけじゃなかった。ずっとハヤさんを追いかけていた、ということ。

「…でしたら私もちゃんと伝えておきます。ネジとは…お付き合いしておりません、」


あの後がどうなったのかなんて知りたくない。あの2人が並ぶ姿を見た瞬間、ほんの少しでもお似合いだと思ってしまった。里1番、それどころか他里でも美人と名高い白魚ハヤさんと、めんどくさがりだけど頭脳明晰で巷のくノ一達からも人気の高いシカマル。忍としても女としても勝る点が全く思い浮かばない。家に帰ってからも考えれば考えるだけずぶずぶと心が沈んでいった。もちろん現在進行形で。

「コトメ?お、おい、どうしたよ?」
「…キバ…私馬鹿で阿呆な勘違い人間だった…」
「はあ?意味わかんねー、馬鹿で阿呆で勘違いなのは元から…「アン!!」…あ、いや、今の冗談、嘘、嘘だから…」

赤丸に吠えられて慌てて否定の言葉を述べたキバに睨む気力さえ湧かなかった。にしてもこの男ちっとは優しい言葉の1つや2つかけられんのか!赤丸がいい男に見える…あ、いいオスか……本日何回目かの深い溜息を吐くと、物凄く気まずそうなキバが私の前に腰を降ろしていた。

「…なによ」
「なー、どうしたんだよ。元気ないっつーより精気抜けてんぞ?」
「キバの発言が深く心に突き刺さりました」
「だからそれは謝るからよ…悪かったって」
「…」
「だああ!!誰かシカマル呼んでこ「やめてええええ!!!」なんだよ!!」

「シカマル」という言葉は今の私にはNGワードだ。ついでにいうとハヤさんという言葉も。まあ昨日私に何があったかなんてキバが知るはずもないからしょうがないんだけど、しょうがないんだけど……空気読めってのこのあんぽんたん!!と口から出そうになったのは内緒だ。

「シカマルには言わなくていいの!ちょ、ちょっと感傷的になってるだけ!あ、ちょっとじゃないけど…結構感傷的になってるだけなの!」
「難しい言葉使ってごまかすなっつーの!お前今さっきどんな顔してたか分かってんのかよ、どこの誰が見ても超ぶっさいくな顔して白目になってたんだぞ!!」
「ぶっ…!?失礼すぎるわ!!誰が超ぶっさいくですって!?」
「キ、キバ君、コトメちゃん、どうしたの?」
「あ!ヒナタ!お前も言ってやれよ、コトメすっげーぶさいくだったって!」
「ヒナタがそんなこと言うわけないでしょーが!!キバと違って心の優しい優しい女の子なんだから!」
「はーあ?それお前自分ぶさいくって認めてんじゃねーかよ」
「んなっ……赤丸!こんな主人で満足なの!?」
「意味わかんねーし赤丸全ッ然関係ねーし!」
「乙女心分かんない奴なんて嫌いだー!!」

仲介に入るヒナタを視界に入れ、キバとの口喧嘩から逃げるように窓枠に手をかけるとそのまま外へと飛び降りる。自分の頭の中はぐっちゃぐちゃだ。っていうかなんの喧嘩してたんだっけ?ああ、キバが私のことぶっさいくぶっさいく言うから…

ハヤさん…あの人は投げかける言葉にいちいち棘が多いものの、ぶっさいくという語呂に関しては限りなく遠い人であることは間違いない。思わず緩む目頭を抑えて上を向いた瞬間、おろおろとしているヒナタの姿が視界に入ると同時に驚いて涙が引っ込んだ。

「コトメちゃん、大丈夫…?」
「え?あ、気にしなくていいよー、悪いのはキバなんだもん、ぜーんぶキバ!」
「…キバ君、コトメちゃんが元気ないからわざとあんな風に言っただけだよ、だから…」
「…ありがと、ヒナタ」

また緩み出す涙腺に気付いて視線を落とすと、困惑するようなヒナタの手が恐る恐ると私の肩に触れた。

2014.04.19

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