恋心に傷

「いたたた…」
「おーおー、すげェ傷だらけだな」
「ロンさんのおかげですけどね…」
「あァ?なんか言ったか?」
「滅相もございません!」

ぽつりと小さく嘆いた言葉はロンさんの耳に届いてしまっていたらしく、ギロリと鋭い目を向けられて私は竦み上がった。空はいつの間にか日が落ちている。なんともまあ本当に今日は修行漬けだった。ロンさんからの攻撃を避ける修行なんて、正直最初にシカマルとした修行と何も変わらないじゃないか。私が攻撃できないだけで…と思っていたのは秘密だ。

「腹減ったなァ…シキミの娘、テメェ美味い生肉とか持ってねェのか?」
「シキミの娘って呼ぶのいい加減にやめて名前で呼んでくださいよ、私はコトメです」
「うるせェ。俺は認めてもいねェ奴を名前で呼ぶ趣味はねェんだよ!いいから生肉出せコラ」
「…生肉なんて持ってないですよ」
「なンだよ使えねェ…いいか、よーく覚えとけ。これから俺を呼び出す時は生肉を用意しろ、ちなみに血の滴った鹿肉が好みだ」
「…」
「んじゃまァ、俺はそろそろ岩狼豪に戻るとするか。久しぶりにこっちの世界来たと思ったらこんなにこき使われて生肉1つもらえねェなんてとんだボランティアだな。ハッ」
「ありがとうございました、ロンさん」
「テメェもさっさと帰ってその汚ねェ格好どうにかしろ。つーわけでホラ早く術を解け」

その言葉通りに術を解除すると、ボワンという音と共に白い煙が上がる。目の前からロンさんが消えたことを確認すると、疲れ切っていた私はその場にどさりと倒れるように腰を降ろし、ふーっと溜息を吐いた。視線を降ろすと確かに色んな所が破れて血が滲み、土埃で汚れているが、はっきり言ってこれはロンさんのせいである。長く愛用していた忍服もここまで来るとこれから着れないだろう。同じの何枚かあるからいいけどさ。

「もう20時かあ…」

そろそろご飯の時間だ。そうは思っても体は動きたくないらしい。お腹の減りよりも疲労が勝っていて、私はその場から動かずに夜ご飯のことを考えた。シカマルの所に行ってヨシノさんのご飯をご馳走になろうか、今から商店街に行って惣菜を買おうか。あ、でも、シカマルにロンさんから聞いた話しをしろよって言われてるからやっぱりヨシノさんのご飯をご馳走になろうかな。疲れた頭でぼやっとそんなことを考えていると、商店街の方から歩いてくる人影が見えて目を向けた。

あれ、シカマル?もしかして迎えに来てくれたとか…?そんな乙女妄想をしつつ笑みを浮かべて急いで立ち上がると同時に、シカマルの隣に白いチャイナ服を着た人物を視界に入れて私はピシリと固まった。

「シカマルさんがわざわざごはん奢ってくださるなんて思ってませんでした」
「飯誘ったのは俺っすよ。それに女に金払わせるわけにはいかねェし」
「ふふ、ありがとうございました。美味しかったです。シカマルさんの言っていた鯖の味噌煮定食」
「ハハ、そりゃよかった」

シカマルの隣で綺麗に笑うその人は、里でも他里でも美人で有名な白魚ハヤさん。…が、何故こんな所でシカマルと一緒に…というか今、飯って言った?あの面倒くさがりのシカマルが他人をわざわざ誘ってまでご飯に行くの?ささっと木の影に隠れると、ドクドクと嫌な音を立てる心臓を抑えてちらりと2人を盗み見る。なんだか物凄く良い感じの雰囲気なんですけど、というかシカマルがあんな緩ませた顔見るの初めてなんですけど…

「…なんだァ?あんなに心配されてテメェ等アレか?コイビトってやつか?」

ふとロンさんの言葉が脳裏に蘇り私は頭を振った。

そ、そっか、もしかしたら今日はハヤさんと任務で、たまたま早く上がれたからシカマルは食事に誘ったんだよ。え、だからなんで?食事に誘うってことはそれなりに気が合って……気が、合って…?むむむむと眉間に皺を寄せつつ2人から目線を反らせないでいると、シカマルの緩んでいる顔に少し赤くなった耳が見えた。

「…で、ネジのことで聞きたいことって言うのはなんでしょうか?」
「ああ……いや、そんな堅っ苦しい話じゃねェから適当に答えてくれりゃいいんスけど…ハヤさんとネジってすげー仲良いじゃないっスか。だから…なんだ、その…付き合ってんのかなーと思って…」
「あら、そういう風に見えます?」
「…まァ、少なくとも俺にはそう見えますね」
「そうですか…どうしてそのようなことをお聞きになりたいんですか?」
「…全部聞かなくても分かってんじゃないすか、」
「さあ?」
「…気になるからですよ。ハヤさんのことが」

……え

頭を掻いて面倒くさそうに告げながらも、どこか真剣な眼差しをハヤさんに向けているシカマルに私は目を剥いた。あんな、照れてるような困った顔を私は見たことがない。そんなシカマル、私の前以外で見たくないよ…。2人から顔を背け、話しを聞きたくないと思っても体は固まったまま動かない。私は思わず服の裾をぎゅっと握りしめた。

「好きだとは仰らないのですね」
「無謀な恋はしたくねェんですよ。アンタがネジと付き合ってンなら俺は"気になってる"だけで諦めもつく」
「策士さんは本当に変わった思考回路をされています」
「でも…」
「でも?」
「付き合ってねェんだったら話しは別」

シカマルの言葉にびくりと背中が震えて、私は思わず印を組む。

「…でしたら私もちゃんと伝えておきます。ネジとは…お付き合いしておりません、」

聞きたくない言葉をハヤさんの口から聞いた瞬間、瞬身の印を無意識に組み私はその場から消えた。

2014.04.18

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