手を取り合い助け合い

「お前達一族と俺達との関係が始まってもう何10年にもなる。その中でもテメェの母親であるシキミは群を抜いて優秀な忍だった…まァ努力も人1倍はしていたがな」
「ロウさんから耳にタコができる程聞きましたよ。お母さんスゴイ人だったって」
「スゴイどころじゃねェよ。テメェとは雲泥の差、月とスッポン、尺度が違ェっつーか格が違ェっつーか…」
「どんだけ凹ませるつもりですか……」

演習場の木陰で腰を降ろしていた私の目の前に、どっかりと寝そべる狼ことロンさんは私の心を抉るようにすらすらと凶器じみた言葉を発している。

昔、口寄せを初めて成功させた時のこと。その時に出会った雌の狼・ロウさんからお母さんの話しを聞いて、私もいずれ強くなれるんだと思っていた。が、そういうわけではなかったのだと改めて今更ながら実感してしまう。私は両親の記憶が何もなく、物心ついた頃にはお母さんと仲が良かったという奈良家の隣に住んでいた。お母さんは日暮硯シキミというくノ一で、のほほんとした取り分け普通の人だったそうだが、蓋を開けてみれば空間術のスペシャリスト。一族で右に出る者はいない程強かったらしい。そんなお母さんは昔起きた戦争で前線に立ち、私を産んですぐ命を落としたそうだ。

「まァシキミの話しはいいか。でだ。さっき言ってた"アイツ"についてだが、テメェには8個上の兄貴がいた」
「……ええっ!!?あ、兄貴って……私にお兄ちゃんがいるの??!」
「うるせェよ!!最後まで聞け!!」
「だ、だって…!」
「こっちは話してやってんだから大人しくしとけ!」
「はいいっ!!」

前足のぎらりとした爪を私の目の前に翳しながら睨みつけてくるロンさんに縮こまると私はひゅっと息を吸って背中を仰け反らせた。‥いやでも、お兄ちゃんって吃驚するじゃんか!!ずっと1人で暮らしてきてずっと1人っ子だと思ってた私にとっては少なくとも嬉しい驚きで。目を輝かせるように見開くと、呆れたようなロンさんがこちらを見ていた。

「シキミの娘…テメェ阿呆だろ」
「んな?!」
「兄貴が居た事実があるだけで生きてると言った覚えはねェぞ。日暮硯一族がテメェ1人っつーのはロウからも聞いてンだろ」
「それは、そうなんですけど…」
「まァアイツはテメェと違って才に溢れた奴だったが…」
「また私の精神抉るようなことを…」
「テメェよりもさらに可愛気がなかった」
「…あ、そうですか…」

ハーァ、とあからさまに嫌そうな溜息を零したロンさんに、私は体操座りしていた足を崩して胡坐をかくと、ふと腕のグローブを視界に入れてロンさんに向けて口を開いた。

「あの…ちょっと話しが変わるんですけど…」
「あァ?!後にしろ後に!!」
「す、すみません…!」

なんでこう狼の雄共はこんなに喧嘩越しなのかと口をへの字にさせた。まあ、言うこと聞いてないといつ牙や爪が飛んでくるか分からないので言う通りにしているが…なんとも一方的である。

「いいか?俺達狼と日暮硯一族の関係が始まった理由は1つだ」
「1つ?」
「空間術でテメェのご先祖様が俺達を守ってくれた所から始まってる」
「え?空間術で?だって空間術は結界術の1種ではあるけど中に居る者を殺す為の術ですよ?」
「確かに、空間術ってのは今でこそ空間に毒を仕込んだ物から窒息系の殺人まで幅広く技があるが、元々は大事なモノを護る為の結界術だったんだよ」
「ふーん…」
「テメェはどーせロウから殺傷系の術しか教えられてねーんだろ。"毒霧箱"辺りとか」
「まあ、はい」
「はあァ…そりゃそうだよなァ…」
「?」
「本来の日暮硯一族の空間術…結界は1回術をかければ数年は術者がいなくても保つ程強力な物なんだ。俺達狼が住む場所は敵が多くてな、口寄せ動物として一族に力を貸す代わりに縄張りを護ってもらってる。その術は高度で繊細なチャクラの塊、故に空間術を自在に操りでもできない限り張れない。分かるか?空間術というのは日暮硯一族の強固な結界を作る為の訓練の1つ。そんでお前は術の初歩的な"毒霧箱"でさえもできない無能だ」
「む、無能…」
「で。俺達の住む縄張りの結界が年々薄れてきてる…だからロウが焦ってんだよ」
「…知らなかったです…」
「当たり前だ、言ってねェんだからよ。ちなみにテメェの当時の兄貴…あー名前なんつったかな…まァそいつはシキミを超えるだろうと言われてた男だった」
「えー…なんで私だけこんななのよー…」
「テメェは人の100倍努力しろ」

ズイッと顔を近付けて目を細めるロンさんにですよね…と溜息を吐いた。それにしても空間術がそんなにレベルの高い術だったとは…上手く出来ないということが納得できた。だって自慢じゃないけど私忍術もあんまり得意じゃないもん(自分で言ってて悲しい)。

人の100倍…すごーく先の長い話しだなぁ…。でも、明確な目標ができた。ロウさんやロンさん達の為にも空間術を使いこなして、その日暮硯一族の結界術とやらを早く完成させないといけない。よし、と気合いを入れ直すと徐に立ち上がってぱたぱたと膝についた埃を払った。

「テメェは自分のことを知らなさすぎだ……ってオイ、何やってんだよ」
「何って、修行するんです。絶対秘術使えるようになって、お母さんやお兄ちゃん達の名に恥じないように!」
「ハッ…よく言うぜ」
「ロンさんが吃驚するくらい強くなります!」
「ほォ…テメェ、その言葉忘れんじゃねェぞ?」
「はい!!」
「だったらとりあえず話しはここまでだ。次は俺の攻撃をひたすら避けろ!」
「は…ってええっ!!?」

突然飛びかかってきたロンさんに慌ててクナイを構えると、キインという金属音が鳴り響いた。そんな不意打ち無しだし!いやしかしとにかく、私は意地でも強くなるしかない。腕に残された刺青模様のことはまた今度聞いてみることにして、目の前にいるロンさんに集中した。

2014.03.30

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