秘術 "空間術"

「なんだよテメェ等体力ねーなァ。マジで忍かコラ!」
「ちょ……タンマ、まじできっつい…つーか俺この後任務なんスけど…」
「ロンさん、ちょっと休憩……ッ」
「はァー…シキミはどんだけキツくても耐えてたのによー、娘のテメェは5時間くれェで根をあげやがる。つーかそこのメンズもどんだけ体力ねーんだよ!」
「俺は体力タイプでも攻撃タイプでもねーんですよ…」
「じゃあ何タイプだ?あァ?草食系男児タイプか?俺ァバリバリの肉食だからなァ、テメェとは馬が合わなさそうだ」
「…そりゃよかった」

グルルル、と低い声で唸りながらロンさんは面倒くさそうに木の上へ飛び移ると、さっさと休憩しろ言わんばかりに寝そべって寝息を立て始めた。五時間のうちにやったことと言えばとにかく襲いかかるロンさんを止めることだけ。私は日暮硯一族の秘術を教えてほしかったのだが、お前は先に体力をつけろと一刀両断され、本気のロンさん相手に2人逃げ回っていたのだ。

噂には聞いていたが本気のロンさんは本当に怖い。しかも行動範囲は演習場だけだと言われるから余計に困ったもんだ。シカマルが影真似で動きを止めようと思っても、俊敏すぎるロンさんは全く捕まらなかった。策を立てようと思っても範囲が狭いから逃げるので一苦労、少しでも油断したらあの鋭い爪と牙で容赦無く切り裂かれる。ちなみにロンさんに手を抜くという選択肢はないそうで、私は開始早々肩に3本傷を負っていた。

「いつもこんな修行してんのかお前…」
「あ、や、今日はたまたま…普段はロウさんの口寄せだけで精一杯で…」
「ロウさん?」
「ローエン君のお母さんになるんだけどね、厳しいけど優しい狼さんで私に秘術教えてくれる人なの」
「秘術……日暮硯一族の空間術ってやつか」
「うん。ちゃんとできるようになりたいし…」
「ま、そりゃそうだな…コトメ、肩貸せ」
「あ…だ、大丈夫!このくらいヘーキ!」
「ヘーキじゃねぇの。いいから」
「いた!」

座りながらのそのそ動くシカマルは私の後ろに周りこむと、ポーチから小さい傷薬のような物を取り出して指に塗りつけ、破れた服の間から傷口に触れた。そこまで深い傷ではないと思っていたが、体の至る所や演習場内の色んな場所に鮮血が飛び散っている所を見ると結構な怪我だったようで。そういえば今更結構痛い。

「ヒリヒリするっ……」
「我慢しろ、結構抉られてるから染みるのは仕方ねえ」
「つ、ぅー…!」

涙を滲ませてびくびくと肩を震わせていると、処置が終わった部分に包帯を巻いていくシカマル。「きつくねェか」と言いながら心配気に肩越しに見つめてくるのを視界に入れながら、ばくばくと鳴る心臓を押さえて何度も首を縦に振った。








昨日の夜から今日の朝方まで五代目に呼ばれて病院にいた俺は、コトメの腕の刺青模様についてなんとか聞き出そうと試みていたが、いつも喋りたがらなかった5代目の口から別の事実と共に聞くことになってしまった。

翡翠ウミって前に任務で一緒だった女だよな……難解だが策アリの複合毒……それよりこっちか。身体に謎の"刻印"…だから5代目直々に治療施してんのか。ぺたぺたと木の葉病院の中にある集中治療室に向かって歩く。手に持つ資料は先程の鳥が病院を目指していた俺に届けてくれたモンで五代目の直筆だ。どうやら先日任務が一緒だった翡翠ウミというくノ一が何者かに手負いを受け、カカシ先生によって病院に運ばれたらしい。その手負いの傷ってのが少々問題アリだそうだ。

「……だよ、ちょっと腹の立つ作りの毒なだけだから。…でも」
「セナ!!早く治療室に戻れ!」
「っ…ごめん、じゃあ」

奥に見える集中治療室の前にあるベンチから声が聞こえる。そこにいたのは5代目がシズネさんやサクラと同じくらいに医療忍者としての腕を推している深月セナさんとカカシ先生だった。五代目の怒声が聞こえると同時にカラカラと台を押しながら治療室に入っていったセナさんを見ながら深く溜息を吐くカカシ先生には酷く焦りが見える。

「らしくないっスね。動揺しすぎじゃないンですか?カカシ先生」

翡翠ウミってのは、カカシ先生の知り合いってとこか。突然現れた俺の姿に少しだけ驚きの目を向けている。まあそりゃそうだろうな…ああ、と抑制のない声が漏れて、続きを口にした。

「セナさんの言ってたことは本当ですよ。事実セナさんでも複雑な毒抜きを簡単にやってのけることくらい、カカシ先生だってよく知ってるじゃないっスか」
「…だったら何故5代目が呼び出されたんだよ」
「それについてはこれから俺も詳しく聞かされることになるんですけど…カカシ先生には確認できない場所ってことだったんですかね?」
「…何の話しだ?」
「見たこともない絵のような"刻印"があったらしいですよ。まァ…それがただの"刻印"なのか"呪印"なのかは分かりませんけど」
「なっ…!」
「だから、毒の方は心配ないっス。むしろ心配なのは、その"刻印"ですかね…」

‥とは言え呪印じゃなかったとしてもただの刻印なんてのはありえねェだろうけどな。俺の反応を伺うカカシ先生の隣に寝ているパックンの姿が映る。翡翠ウミが何者かなんて今聞けるような状況じゃなさそうだな。恐らくパックンに臭いの追跡でもさせたんだろう。つーか俺が呼ばれた意味がイマイチわかんねェっての。めんどくせーなあ‥。








「ふあーぁ…」

結局朝になってしまった。パックンのいなくなった場所に座って伸びをした数秒後、集中治療室のドアの上で点灯されていたランプが消えた。やっと終わったっスね…とぼんやり呟くと、手術室から難しい顔をした5代目が姿を見せた。


2014.03.26

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