扱いにくいなあ

「亥、戌、酉、申、未…」

演出場で一人朝から修業の為に出てきていた私、は一つの巻物を手に印を組んでいた。ガリっと親指を噛み切り、地面に血を塗りつけ、

「口寄せの術…!!」

ぼふん!!と白い煙が上がりその中から見えた影にごくりと喉を鳴らす。絶対、今日こそは1回目からちゃんと成功して…

「また?!おいら何回呼び出されたらいいの?!」
「もー!!!なんでえええぇぇ?!?」

目の前にちょんっと座る目付きの鋭い真っ黒のわんちゃん…いや、わんちゃんと言うと怒られるので言葉にはしないが、とにかくその子(名前はローエン君)を見て私は泣きたくなった。

代々日暮硯家の秘術を教えられてきた狼さんを口寄せする為に術を使ったわけだけど、もちろんこのちっちゃい子は子供の狼で秘術の扱い方はまだ教わっていない。私にはもう秘術を教えてくれる一族の人がいないから、秘術を知る狼さんを呼び出したかったのに…。じゃあ何故ローエン君を口寄せしたのかなんて聞かないでもらいたい。私もこの子じゃなくてこの子のお母さんの方を呼び出したかったのだ。しかし、口寄せする度に姿を現すのは大概ローエン君で、酷い時なんか産まれたばかりっぽい赤ちゃんが出てきたこともある。つまりあれだ、私は口寄せが上手くできないということだ。悲しい。

「おいらまだ秘術習ってないって一体何回言ったらわかんの?!」
「そんなの私だって分かってるよ!私はロウさんを口寄せしたかったの!!」
「じゃあなんでおいらの目の前にいたかーちゃんじゃなくておいらが口寄せされてんの?!」
「私が聞きたいっての!!」
「コトメ!お前こんなとこで何やってんだ!」

ローエン君と口喧嘩になりそうだった時、後ろから声が響く。見知った声に慌てて振り向くと滅多に大声を出すことがないシカマルが眉間に皺を寄せていた。って、え…なんで怒ってるの?タタッと駆け寄ってくるシカマルの姿に困惑していると、周りをキョロキョロしながらもローエン君を見て目を丸くさせる。あからさまにほっとしたような顔をすると頭を掻きながら口を開いた。

「…今、帰りなの?」
「ああ、結局今までずっと病院にいたんだ。つーかお前こんなとこで何やってたんだよ、1人じゃ危ねェだろーが!それにローエンまで…また口寄せ失敗したのか…」
「おいこらハゲ、おいらが失敗ってどーいうことだ!」
「ハゲてねェよ…修行中か…心配させんなよ…」
「え?なんでシカマルが心配するの?私が朝から任務がない時はここで修行してるってこと知ってるでしょ?」
「おいローエン」
「聞いてないし…」

ローエン君とシカマルは顔見知りだ。まあ、その理由も私が昔から口寄せを失敗しているのを何度も見てきているからなわけで…ローエン君は小さく尖った歯を見せつけると、シカマルの声に反応するように可愛い唸り声を上げた。

「おいらのこと呼び捨てにするなって前も言ったろ!」
「あー…ローエン君。悪ィけど俺もこれから修行に参加すっから。ってロウさんに伝えといて」
「え?」
「だから!なんでおいらは呼び出されてんのさ!」
「そりゃあこいつの力が不十分だからだろ。まァいずれローエンの呼び出される回数も減るって」
「また呼び捨てしたな!!」

キャンキャン騒ぐローエン君の頭をぐりぐりと撫で(押さえつけ?)ながら、シカマルの言葉にクエスチョンマークが浮かぶ。な、なんでシカマルも一緒に修行なんて…だって今朝の7時だよ?私まだ一度も修行サボったことないよ?あの面倒くさがりのシカマルが、なんで…

「ま、めんどくせーけど俺もちゃんと修行しねーとな」
「あ、あれ、なんで…声に出てた?!」
「しっかり」

じ、じゃあ…これから毎日修行に行ったらシカマルと会えるってこと…!?なんだか俄然燃えてくるんだけど!‥そんな燃えている私を見てククッと笑うシカマルの姿に、少しだけぽっと頬が染まる。なんだか単純な理由ではあるが、私は小さくガッツポーズをすると術を解いた。ぼふんという音と共にローエン君が消えた所で、何故か少し周りに警戒をしているシカマルへと視線を向けて気合いを入れ直す。

「ね!もう1回やるから見てて!!」
「へいへい」

ば、ば、ば、ば、と印を結ぶ。まだ血が乾いていない親指を地面に押さえつけると2度目の白い煙が舞い上がった。

「あ…」

今度は煙の向こうから大きな黒い体が見えてきて成功した!と思ったものの、次にキラリと光る物が見えて私はゲ、と口を引きつらせてしまう。

「珍しいこともあるもんだな…テメェが俺様を呼び出すなんて…なァ、シキミの娘」
「ロ……ロンさん…!!」
「ちょ…オイオイ、なんだコイツ……」

大きな体に首から下げられた眩しい金色の首飾り。口から剥き出しにされる大きな牙をギラつかせながら目の前に現れた狼にごくりと唾を飲んだ。

なんでこうなるの…!!?確かに実力もあるし秘術も教えてもらえるだろう。しかし、狼界隈でもスパルタと名高いロンさん。死ぬかも、私……。顔を引きつらせながらゆっくりシカマルへと目線を向けると、本当にごめんね?と呟くことしかできなかった。

2014.03.25

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