ありがとうの使い方

「しえんがん…っ!」

昨夜カカシと手を合わせた演出場に朝早くから姿を見せていたウミはまだ完全ではない血継限界の能力を高める修業の真っ最中だった。目を閉じて印を組み、特製の箱に向けて目を開ける。じわじわと紫に侵食していく赤い瞳。特製の箱の中は肉眼で見ることができない。それを紫焔眼で映すと同時にチャクラを集中させる。

「瞳が変わるのが遅すぎるわよ!そんなんじゃすぐ敵にやられちゃうでしょ、やり直しー!!」
「はい…っ」

ウミの肩に止まる雀程の大きさの赤い鳥が高い声を発し翼でぺしりと頬を叩きながら喚き立てる。小さい癖に尾は体の2倍の長さ程あるその赤い鳥は言わば口寄せ動物であり、焔一族の末裔から紫焔眼の教えを受け継いだ雌鳥で、ピコ(これでも推定300歳以上である)という名前だ。開眼したのが早く幼い頃に口寄せの契約を交わしていたこともあり、ウミはピコに修業をつけてもらおうと朝から出てきてもらっていた。

「こんどこそっ……」
「力んでもダメー!やり直し!!」
「し、っ」
「あああー…」

もうすぐ昼時。休憩無しで修業に励み早6時間以上が経っている。もう上忍レベルの実力があるとは言えまだ8歳近い女の子であり、体力がそんなについているはずもない。どさっと地面に膝をつけて息を荒くするウミの肩から離れたピコは地面へと足をつけた。

「まだだめねー。力はあってもスタミナがついてきてないもの。だから私を呼び出すのは早いって言ったのに」
「1人では、わからないことも、おおくて…」
「……ヒグレも何考えてんだか…とにかく暫く休憩してなさい!それまで私は散歩にでも行ってるから、戻ってきたら修業再開するわよ」
「はい」

飛び立っていったピコの姿を見ながら、ウミは溜息をついた。ヒグレがウミぐらいの時にはすでに、優秀な忍としていろんな里を走り回っていた暗部の一人だったのだ。

もっと、がんばらないと。ふらつく足をなんとか立ち上がらせ目の前の箱に目を向ける。休んでる時間が惜しかった。休むくらいならチャクラ切れで倒れた方がマシだと印を組む。瞳を閉じた所で後ろに何かの気配を感じた瞬間、印を組んでいた手を止められた。

「駄目だよ。休憩してなさいって言われてたじゃないか」
「…………ミナト、せんぱい…」
「熱心なのは良い事だけど、休むことも大事なことだよ?」

目を開けると眉尻を下げて笑う眩しい金髪の人物が居て。ぐ、と押し黙ると同時に止められた手から力を抜いた。すぐ近くにいることに気付かなかった…むすっとした顔を背けると、側にある切り株に腰掛けたミナトは大きなおにぎり2つと、可愛い弁当箱を取り出した。

「…わたしになにか用があるわけではないのですか」
「用でもないと喋りにきちゃいけないのかな?」

そんな訳ではないけど、修業をしてる所だし、1人が落ち着くのに、こんな所でお昼ご飯なんて食べなくてもいいんじゃないか。しかしその眩しい金髪に目を当てられたのかはたまたその困惑した顔に何も言えなくなったのか、ウミは口を噤んだまま眉間に皺を寄せた。

「女の子がそんな顔したら駄目だよ。お昼まだでしょ?一緒に食べない?」
「あいにくなのですが、わたしは何ももってきてないので…」
「僕はいつもおにぎり1つなんだけど、僕の好きな人が今日はたまたま2つ握ってくれたんだ。だから、これあげるよ。こっちで一緒に食べよう?」
「…おなか、すいてな」

くううぅ〜

言うと同時にお腹の音が鳴ってばばっとお腹を両手で押さえたウミにミナトは吹き出した。食べ物の匂いを鼻にして素直に反応するなんて体は正直だな、と言いながら大きいおにぎりを差し出した。

「……大じょうぶなんですか、もらっても…」
「うん、全部食べられなかったらそれこそ申し訳ないからね」
「……すみません、いただきます…」
「素直でよろしい。でも、そういう時は"ありがとう"っていうんだよ」
「"ありがとう"…どういういみ、ですか」
「相手に何かしてもらって嬉しかった時や助けてもらった時に、感謝を伝える言葉だよ。謝られるより、感謝を言葉にしたほうが嬉しいでしょ?」
「…わかりません…わたしは、ありがとうなんて言われたことがなかったので…」
「じゃあ…このおにぎり僕は2つも食べられなかったからもらってくれて助かったよ。ありがとう、ウミ」
「…」
「どう?」
「……わるくは、ないです…」
「それならよかった。じゃ、食べようか?おかずも欲しいのあったら取っていいからね。この卵焼きとか唐揚げとか、見た目はちょっとアレだけど美味しいんだよ」

目の前に広がるおかずの数々にウミは少しばかり目を見開く。形の崩れた卵焼き、焦げ目が見える唐揚げ、ほうれん草とカニカマのサラダ、ミニトマト…どこにでもある簡単な物ではあったが、ウミは産まれてから一度も、こんなに心の篭った料理は見たことがなかった。ヒグレは毎日忙しく、修行以外の時間はまともに会えたこともなかった。もちろん食事はぽつんとテーブルに置かれた質素な物をウミは1人で取ることがほとんどだったのだ。

「…好きなひとって、なんですか」
「自分が1番大切に思ってる人のことだよ。ウミちゃんには、いる?」
「…わかりません。おかあさまはにんじゅつは教えてくれましたが、ありがとうも、すきなひとも、にんじゅつ以外はなにも教えてくれなかったので」
「だったらこれから木の葉で覚えていけばいいよ。きっと皆教えてくれるから」

そう言いながら悲しそうな目でウミを見つめるミナトの脳裏には修業を酷使するヒグレの様子が鮮明に予想できる。隣でもぐもぐと口を動かしながら色彩鮮やかなおかずを目に映すウミがあまりにも無垢すぎて、心が張り裂けそうだった。

2014.03.24

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