命ある限りと教えられている

「ここだね。お前の家は」
「はい。ここまでで大じょうぶです。あんないまでしてもらってすみませんでした」

茶色のアパートを目の前にカカシを見ることなく言い放ったウミは鍵を手に部屋へと入って行った。それを確認するとカカシは気配を消してアパートの屋根上へ移動する。

3代目からの仰せとは言え元々は木の葉の者じゃないからね。あれだけ欠落してる部分もあるし、家の中で完全に気を許すまでは見張ってた方がいい。カカシはそんな気持ちもあり気配を伺っていると、何もすることがないからなのかすぐに水が流れる音が聞こえてきて窓から湯気が上がりだした。

3代目から直々に頼まれるってことは、あの子も親がいないのか。他里から来た理由は?大体なんで俺が修行なんて見ないといけないわけ?ぐらぐらと頭を悩ませながら溜息を吐き、ふと右手に視線を寄越すと真っ赤に染まった幻覚に一瞬ビクリと体を震えさせ目を見開いた。

リン…俺は……

ぐぐ、と手が白くなるほどに握りしめる。神無毘橋の戦いでオビトを失い、リンを自ら葬った。オビトの目を受け継ぎ、その目にリンの死んだ姿を映した。それなのに、真っ当に戦い方を教えてやれると思うのか。事実、千鳥を目にする度にカカシの頭には鮮明にリンの姿が映し出される。カカシは千鳥で貫く度に、その敵の姿をリンだと錯覚するようになっていたのだ。

「ここでなにをしているんですか」

屋根の端に姿を見せた人物にはっと我に返ったカカシは乾ききっていない頭と風呂から上がったばかりで石鹸の匂いが漂うウミを視界に入れた。チッと舌打ちすると無表情を保つ彼女に口を開く。

「…お前、一体なんなの?気配もなく現れるなんて」
「カカシ…先ぱいがなにかに気をとられてたからじゃないんですか。みているのはわかっていましたから」
「あー、そう。で、一体君は何者なのよ」
「…ヒルゼンさまとやくそくしました。じぶんのことはいえません…すみません」
「ふうん…1人でこの里にきたの?」
「気づいたら、ここにいたので…すみません」
「…まあいいよ。俺はただお前が何もしないかを見張ってただけだから。大丈夫そうだし、もう行く。明日任務が終わったら修業するから、準備しといて」
「はい」
「…それと、髪はちゃんと乾かさないと風邪引くよ。じゃあね」

屋根上から瞬身の術でその場を後にしたカカシを見送ったウミはストンとその場に座り込むと、肩にかけているタオルを頭に乗せた。新しく迎え入れられた木の葉の里という場所はもう夜だというのに人やお店も多く、何故だか酷く暖かい。ヒルゼンやミナトと喋ってみても、母親のような冷徹な印象はまるでなかった。

忍び耐え、闇に伏せ、情を殺め、他人に情をかけることなく、任務遂行を第一に考えなさい。貴女は忍をやることでしか生きる術がないのだから、命ある限り戦い続けるのよ。

ウミが教えられてきたことはただひたすらに忍術だけで。それだけにヒルゼンやミナトのような忍は優しすぎるのではないかと考えざるを得なかった。その点においてはカカシの方がよっぽど冷徹だと、闇に浮かぶ月を見ながらぼんやりと考えていた。








「どうしたんだい?アスマと紅が一緒になってここを訪れるなんて」

火影室には同期同士である猿飛アスマと夕日紅が一緒に姿を見せていた。少し考えるように2人が目を合わせたのを見てミナトは両肘を机につき顎を乗せる。変な間が空いた所でアスマがゆっくりと口を開いた。

「あー…カカシが、暗部になったことで、ちょっと…」
「何かあったのかい?」
「…今、他里では冷血のカカシなんて呼ばれてるのは知ってますか?」
「…噂は耳にするね」
「カカシはオビトやリンを亡くして割と日も浅いまま暗部に入隊したって話しですが…はっきり言って、今のカカシは…」
「僕が勧めたんだよ」
「…どうして…」
「君達は本当に、カカシを思ってるんだね。暗部に入隊する前も、ガイがカカシを心配してここにきたことがあるんだ。心配してくれるのはありがたいよ。けど…カカシのことは僕に任せてくれないかな?」
「…」
「アスマ……」
「……分かりました。カカシのこと、よろしくお願いします」
「ありがとう、2人共」

カカシ。君には、君を心配してくれる人がいる。オビトやリンのことは…確かに心が痛く、辛い出来事だった…けど、早く傷を拭わないとさらに闇に飲まれてしまうよ。つい先程数人と任務に出たカカシの顔を思い浮かべながら、ミナトはとあるアパートに足を運ぶ為に椅子から立ち上がった。

2014.03.09

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