蕾だった頃の話

「3代目、お呼びでしょうか」
「おお、来たか。入れ」

控えめに鳴らされたドアの音、3代目の部屋へ入ってきたのは暗部装束を着た13歳になったばかりの銀髪の少年と、4代目火影と書かれた服を羽織った黄色の髪の青年。ふと少年の目を見るなりやれやれとヒルゼンは溜息を付く。彼の目は暗闇へと落ちかけている、そんな目をしていたからだ。

「3代目が僕とカカシをこの部屋に呼び出すなんて珍しいですね」
「…」
「少々頼みたいことがあってな。まぁ座ってくれ」

そう言われて目の前にあるソファに腰を下ろした銀髪の少年はたけカカシと、黄色の髪の青年4代目火影である波風ミナトは、お互いに困惑した顔を見合わせた後にヒルゼンに向き直った。‥少しだけ沈黙が流れる。ヒルゼンはふとミナトの目を見て、そしてカカシの目を見やると、背中をソファに預けて言葉を切り出した。

「…簡潔に言おう。カカシ、お前に修行を見て欲しい子がおる」
「…修行?」
「木の葉ではない別の国の里から越してきたくノ一でな、下忍だが中々優秀な子じゃ。少々カカシに似ておる所もあり、まだ暗部として日も浅く慣れない面も有るとは思うがお前に任せたい」
「はぁ…」
「3代目、まさかそれ」
「…数日前にヒグレがここに来た。ミナト、それについてはこの後2人で話がしたい。少し待ってくれんか」
「…っ」
「紹介しよう。ウミ、こっちに来てくれるか」

その言葉に反応するように、キィ‥と隣の部屋へ続くドアが開けられた先にいたのは、栗色のショートカットに血のような赤い目をした少女…というよりは少年に近い。裾の長い黒シャツにスケルトンの赤い服を着て、黒と白が混ざり合う腰布に黒のスパッツから足が覗いている。何かを閉ざしてしまったような少女の目にミナトは無意識に眉を寄せた。

「ウミ、と言う名じゃ」
「…この子に修行をつけろってことでしょうか?」
「その通り。ウミの力は充分にある、後はカカシの力量次第…しっかり見てやってくれ。」
「俺にはできかねます。もっと別の忍にでも任せた方が…」
「お前に頼みたい。これは3代目火影であった儂からの命じゃぞ、カカシ」

最後の一言が効いたのかぐっと押し黙ったカカシはウミと呼ばれた少女を見た。

どう見たって存外普通の下忍じゃない。俺じゃなくたっていいでしょうに。ジト目で少女と3代目を交互に見た後、最後にミナトに目を向けるも彼は眉を寄せ少女に目線をよこしたままで。カカシは1つ溜息を吐き渋々了承すると彼女の目の前に歩みよった。

「…俺ははたけカカシ。よろしく、ウミ」
「…よろしくおねがいします」








「では、演習場に行ってきます」

今現在どのくらいの力があるのかを見る為にカカシはウミに手をひらひらと振ってついてくるように促した。部屋から出て行くカカシの後ろをついていくように背中を追いかけていったウミを見た後、ミナトはヒルゼンに目を向ける。何が言いたいのか分かっているらしいヒルゼンは、開けっ放しのドアを閉めに立ち上がると深く息を吐いた。

「そんな顔をするな、ミナト」
「‥何故ヒグレさんが来たことを教えてくれなかったんですか」
「お前を呼ぶと言い合いになると思ってな。覚悟を決めていたヒグレに言うべき言葉もなかった…ミナト、ヒグレから神獣を封印された子供達を託されている」
「僕だけでもコウの里へ行きます」
「もうすぐ父親になるのじゃろうミナト。それにお前も火影になったのであれば分かるはずじゃ、いや、分からねばならん。ヒグレは修羅の国をなんとかせねば忍達の未来はないと思っておる、故の決断。だからこそ神獣とその子供を預けた。お前のやるべきことは子供達を木の葉の忍として迎え、守ることじゃよ」
「…」
「…あの子の目を見たろう。あの歳までひたすら厳しい修行に耐え、感情も愛情すら与えられていない。ヒグレとはもう会えなくなるであろうことも分かっていたのに、じゃ。まずウミには、感情や愛情を教える必要がある。その辺はミナト、お前にも力を貸してほしい」

確かに瞳の奥に映るはずの寂しさや怒りや怯えは何も見えなかったと、ミナトはぐっと両手を握りしめて深く溜息を吐いた。

「では何故、カカシにあの子を?」
「…カカシは暗部に入ってから少々暗闇に飲まれとる。クシナの護衛で少しは柔らかくなったと思っておったのじゃが、また元に戻っておるような傾向があるように見えるんじゃ。今度こそ昔のようにちゃんと人と関わるようになれば、奴も救われるはずじゃと思ってな」
「……分かりました」
「それと、後の4名じゃが…」

ヒルゼンは、未熟児2人と赤ん坊、今だ幻術にかかったままの子供のことを話し始める。ミナトはそれを聞きながらも最後まで自分勝手だったヒグレを心の中で毒づき、コウの里に住む者達の生還を願うしかなかった。

2016.03.10

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