誘惑された男

「相変わらずだな、ユニの奴…」

ぼそりと呆れたように嘆くゲンマ先輩をちらりと後ろ手に見ると、ちりちりするような胸の痛みを抑えるようにゲンマ先輩の腕を掴んでいない手を胸に当てる。心臓の上にある封印式が関係…しているわけではないようだ。っていうかあのユニ、ちゃんって、カカシ先輩のなんなんだろう。付き合ってるわけじゃないのはカカシ先輩の反応見れば分かったけど…それに私を一瞬だけ見た時の目…あれは私に敵対心を持った目だった。敵対心を持つ程知り合いでもない、というか初対面。カカシ先輩の腕に巻きつくようなユニ…ちゃん(慣れない)を思い出すと言いようのない不快感が湧き上がる。というかさっきから湧き上がりっぱなしである。

「…おい!」
「……え、」

ゲンマ先輩の声が大きく響いて我に返る。気付くと火影室は通り過ぎていて、目の前には壁が映っていた。危ない…ぶつかる所だった…同時に掴んでいたままだったゲンマ先輩の手を離すと、頭を抱えて溜息を零す。

なんでこんなに動揺してるんだろう…この間からずっと…変だ、私。もやもやと胸の痛みをなんとか落ち着かせて、後ろで黙り込んでいるゲンマ先輩へ振り向き、「ちょっと考え事してて」なんて言いかけた口はゲンマ先輩の妙に真面目な顔を視界に映した瞬間に飲み込んでしまった。

「あ、の…」
「…お前さっきから変だぞ?声かけても全然聞こえてねぇみたいだったし…やっぱりまだ調子悪いんじゃ…」

ぱらりと長めの前髪を掻きあげられ、こつっと私の額とゲンマ先輩の額がくっつきそうになり、私はひゅっと息を吸い込んだ。

「俺は…ウミが好きなんだ」

その一瞬がいつかのカカシ先輩の姿と被って見えて、思わずガッと目の前にあった両肩を押し返していた。

「だっ、いじょうぶです、から…!」
「大丈夫も何もウミ、お前顔真っ赤……、…」

ぺたり。ひんやりとした温度が額を覆う。額を当てることができなくなった先輩が手で額に触れている。目の前にある瞳に映った自分は酷く狼狽していて、恥ずかしさで思わずぎゅっと目を瞑った。

「…なんつー顔してんの…お前…自分が今どんな顔してるか…」
「や、言わなくて、いいですっ…」
「へぇ…?」

小さく聞こえた声には少し楽しそうな音が含まれていて、何がおかしいんだとそっと目を開けた。とん、と私を逃がさないように壁へと手をつけたゲンマ先輩が上から見下ろしている。なんだ、カカシ先輩、じゃ、ない。ほっとしたように息をつくと同時に何故か残念な気持ちもする。が、それを気付かれないように口を結んだ。

「…変わったのは外見だけ、でもないみてぇだな」
「どういう、意味…」
「お前も"男"を惑わす"女"に変わったってことだよ」
「そんな言い方されると腹が立ちます」
「そう怒るなって。いい女になったって言ってんだよ。…ま、そうさせたのが俺じゃないってのはムカつくけど」
「もういいですから、ここどいてください。任務、聞かないと」
「…さっきカカシに寄り付いてた女、あいつは留目ユニ( とどめ ユニ )って言ってな。ウミより2つ下、特別上忍…あんなだが力はある忍だ。まあお前と比べてしまえばあいつもまだまだだけどな」
「聞いていませんけど」
「そうか?だったら余計な情報だったな。…けど、とりあえず教えといてやるよ」
「さっきから何を…」

掌を壁から離した代わりにトンと肘をつき、さらに近くなったゲンマ先輩は私の耳元で小さく囁く。その言葉を理解できない私を前に離れていく目の前の男をぼんやりと眺めながら、眉間に皺を寄せた。

「俺もそんな"女"に惑わされてる"男"だってことだ」

「悪い女にでも、捕まったんですかね…」

2014.10.05

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