燻り始めた嫌悪感

「任務?」
「…いえ、結局は待機命令のようです」

次の日、朝ご飯を用意していた最中に居間の窓から伝達用の鳥が入り込んで来た。待機命令なんて鳥飛ばさなくてもいいんじゃないか、とは思ったがもう1枚カカシ先輩に宛てた巻物もあるらしい。というかカカシ先輩、よく平然としてられる…昨日、あんなことした癖に…。

「あー…成る程ね…ウミ、ちょっと服脱いでくれる?」

目を細くして溜息をついてると、私の肩にぽんっと手を置いたカカシ先輩が満面の笑みでこちらを見ていた。この人なんで今日は口布や額当てで顔隠してないの…っていうか今なんて……

「すみません私寝ぼけてるみたいですごめんなさい」
「さっき顔洗ってすっきりした顔してたじゃない。いいから服脱いで」
「とうとう変態扱いから痴漢扱いしてほしくなったんですか。燃やしますよ、というより燃やしていいですか。いや、燃やします」
「ちょ、違う、違うから。しかも最後燃やしますって言ったよね?あのね、そんな変な意味じゃなくてその肩の呪印を抑える為に脱いでって言ってるの」
「呪印を抑えるって…そんなことできるんですか」
「とりあえずね。今受け取った巻物にはその呪印が侵食するのを抑える術が書いてあるんだ。ま、侵食するような呪印なのかは分かんないけど用心に越したことはないからね。やっておいた方がいいよ」
「話しは分かりました。ですがそれと服を脱ぐのにどんな関係があるんですか」
「呪印を受けた肩の部分の上から術を施さないといけないの。ウミの今着てる忍服って着物みたいな形になってるでしょ?帯解かないとできないじゃない。った!」
「影分身の術」

もっともらしいことを言いながら、なんだかカカシ先輩の顔がにやけている気がして眉間に皺を寄せた。よく分からないけどいい予感はしない。帯を解こうとしたカカシ先輩の手をはたき落とすと印を組んだ。ぼぼんと現れた影分身の私の姿にええ?なんて困惑するカカシ先輩の手から巻物を奪うと、代わりにお玉を持たせて私は台所を後にした。

「なんで影分身!?」
「自分で出来ることは自分でしますので先輩はそのお味噌汁の続きを作っておいてください。それと、いいって言うまで居間に入ってこないでくださいね」
「お前封印術のスキルなんてあったっけ?」
「馬鹿にしてるんですか。これでもずっと暗部だったんです、封印術の勉強くらいしてました」
「はー…いやあ、ほんとお前はエリートだねえ」
「言ってないでお味噌汁作ってください。不味くなったら承知しませんからね」
「あと豆腐入れるだけなのにどうやったら不味くなるのよ…」

小さく嘆くカカシ先輩を余所に扉を閉め奪い取った巻物を開くと、そこには"封邪法印"の術式が記されていた。やっぱり…恐らくそうだと思っていた。でも、本当にこれで抑えることができるのだろうか……この呪印は、"獣解印の術"という朱雀を呼び出すことも朱雀の力を借りることもできなくなる術が使えなくなってしまったこと以外、全て謎に包まれている。

「…まあ、やらないよりいい、か」

そのまま影分身の自分に巻物を手渡すと、腰に巻いた帯に手をかける。座り込んで肩からはらりと着物を下に落とすと、静かに瞼を閉じた。

ピンピンポーン!!

その瞬間、愉快に337拍子でチャイムを鳴らす空気の読めない来訪者の気配がした。タイミングが悪いし、このチャイムの鳴らし方はまさにバカ丸出しである。その驚異のチャイム鳴らしバカのおかげで集中出来る筈もなく、とりあえず術は後にしようと後ろで青筋を立てていた影分身の術を解いていると、カカシ先輩が大袈裟に溜息を吐く音が扉の向こうから聞こえてきた。

「あ!カカシいたー!!」
「ハイハイ……お久しぶり」

扉の向こうから聞こえてきた女の子の声にぱっと目線を上げる。どうやら玄関を開けたと同時に飛び込んできたらしい。なんなんだ一体…いそいそと脱いだ着物に袖を通していると、ぱたぱたと家の中へ入ってくる音がした。

「カカシに会えなくて寂しかったよー!カカシは?寂しかった?」
「たった2ヶ月程度でしょうよ…いいから離して、俺今料理中」
「私の為に!?嬉しー!豆腐の味噌汁に厚焼き卵、え、生姜焼きもある!!」
「それ昨日の残りだから」
「あーんもう!主夫姿も素敵、ますます惚れちゃう!」
「悪いけどお前の分じゃないし朝食に呼んでないから帰ってくれない?その様子だとまだ報告書出してないんでしょ」
「そんなのあと!折角カカシの料理が目の前にあるのに食べないなんて失礼でしょ?ご丁寧に生姜焼きのお皿2つあるんだから〜。そんなに照れないでよ〜」
「だからお前の分じゃ…」

静かに扉の向こう側で繰り広げられる会話を聞きながら、何故だか気持ちが冷えていくような気がした。ああ…カカシ先輩は昔から人気があったっけ…服を着直して立ち上がると、わいわいと今だ煩い向こう側への扉を思いっきり開けた。

「食卓は向こう………あれ?」
「あ、ウミ…終わったの?」
「集中できないのでやめました。先に待機所へ行ってますからどうぞごゆっくり」
「あ、ちょ、ちょっとウミ!」
「カカシ…あの子だーれ?」

2人の声を聞きながら、上忍ベストを来た黒いショートヘアの可愛いくノ一の横をさっと通り過ぎると、玄関先の靴へと手を伸ばす。「ねーカカシってばー!」なんて大きな声を出すくノ一へちらりと視線を向けると、いつの間にか口布をつけているカカシ先輩の後ろから引っ付くように腕を回し、虫唾が走るような嫌な笑みを浮かべていた。

2014.09.20

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