赤と熱と燻り、他には?

「…………」

もわもわっと上がり続ける熱気の中、私の顔は今どうなってるのだろうかと湯煎に浸かりながら、ほっぺたを両手でぐにぐにと動かした。

「俺は…ウミが好きなんだ」

私の、唇に…先輩の。

あの後何事もなかったかのように小さく鼻歌を歌いながら歩き出したカカシ先輩とは裏腹に、私は早足で家に転がり込むとカカシ先輩から逃げるように脱衣所へ駆け込んでいた。

「なにやってるんですかこの人たち」
「あら、キスシーン見るの初めて?」
「キスシーン」
「んー、なんていうか心惹かれあった者同士が行う愛情表現みたいなものかしらね。相手に好きって伝える為の行為の1つ」
「そうですか」
「うふふ、ごめんね。まだちょっと刺激が強いかしら。…そういえばウミは好きな子とかいないの?同じ年の男の子とか」
「好きってなんですか」
「んーそうね…好きの気持ちは色々あるんだけど、私が今聞いた"好き"っていうのは、恋愛感情のことよ」
「れんあいかんじょう」
「物理的に説明するのは難しいんだけど…特定の人物にその感情を持ってる人には、もっと一緒にいたいとか触れ合いたいとか思っちゃうの。ウミもそのうち一度は経験するわよ、きっと。女の子だもの」
「男の人だとけいけんしないんですか」
「そうじゃないけど、女の子は男の子よりも恋に敏感だから」
「そうなんですか。くれない先ぱいはだれかとキスしたことありますか」
「えっ……わ、私のことはいいのよ別に…!」

紅先輩から昔聞いた言葉を思い出しながら鼻まで水面に浸かると、口から息を吐き出してごぽごぽと泡を立てた。私、カカシ先輩が好きか嫌いかって聞かれたら……好きだと思うけど、それが恋愛感情かって聞かれたら何も答えられない…

「でも……嫌じゃなかった…」

そっと右手で唇に触れてみる。さっきここに、先輩の唇が触れていた。暖かくて、なんというか………その、中に舌が入ってきた時は驚いたけど…

顔合わせるのが気まずい。ざぱりと浴槽から出て体を拭きながら洗面台の鏡に自分の姿を映す。バスタオルを巻いてはああ…としゃがみ込むと、観念して下着を取る為に籠へ手を伸ばす。が、そこにあるはずの物を手に取ることができなくて、私はふとあることを思い出してはっと顔を上げた。あ。下着、持ってくるの忘れた。

帰ってきて直行でお風呂に向かってしまったから‥下着なんて持って来てなかった。というか頭になかった‥。いつも自分の部屋のタンスから出してお風呂に行くのに、カカシ先輩の行動のせいですっかり忘れて……なんて思ってもまさに後の祭りだ。って言ってる場合じゃないし。どうしよう。まだ寒いからこんな所でぐずぐすしてても風邪を引く。だからと言ってバスタオル姿で下着を取りにいくのも恥ずかしい。しゃがんだまま何かいい案はないかと試行錯誤していると、コンコンと洗面台の扉が控えめに叩かれた。

「もう1時間以上入ってるけど、大丈夫?」
「はっ…はい…」
「……さっきのこと、そんなに難しく考えないでいいから。俺、ウミが自分で気持ちに整理つけられるまで待つし…」
「そ、そうじゃなくて…っ…」
「ん?」

優しく降りてきた声にぐっとバスタオルを握りしめた。うう……だからと言ってカカシ先輩に下着を持ってきてもらうのもきまずい‥。

「どしたの?」
「あ、……う…」
「…もしかして体調悪い?」
「ちが……し、…下着を忘れてきちゃって…」
「………成る程ね」

ああ、バカだ。今日は超がつく程バカだ。こんなに自分をバカだと思う日が来るとは思わなかった。すみません、と蚊の鳴くような声で告げると、すぐ横にあるお手洗いの扉が開く音が聞こえて顔を上げた。

「…あれ…」

もしかして、今のうちにいけってこと…かな…。そろりとドアを開けるとそこにカカシ先輩の姿はなくて。恐る恐る廊下に足を踏み出すと早足で歩きながら、今だとばかりに急いで自分の部屋へと向かう。下着を手に取りドア越しにお礼を伝えて脱衣所に戻ろうとした瞬間、バタンとお手洗いのドアが開いてカカシ先輩がやんわりと私の腕を掴んでいた。

「…え」
「…今日は、まあしょうがないとして」
「な、んですか離してっ…」
「これからは俺をあんまり誘惑しないよーにね」

固まる私を余所にぱっと腕を離して居間へ行ってしまった先輩は何処かいつもより足取りが軽い。ゆ、誘惑なんてしたことないですけど…と言葉にしようとするも、自分の今の格好を思い出し慌てて脱衣所に駆け込んだ。

び、びっくりした。掴まれた腕が熱い。鏡に映った自分の顔が赤い。ああ、もう…一体自分の身に何が起きているんだろう。徐に蛇口を捻ると、冷たい水で自分の顔を冷ますように洗い流した。








「ちょっ‥レノウさん、カカシとヒグレの娘が一緒に住んでるだなんて想定外だよ。羨ましい!」
「声が大きいです。大体焔に関しては呪印の様子見るだけなんですよ。はたけカカシがいようがいまいが関係ありません。全く貴方は…」

右斜め上から左斜め下に引かれた三3本の線を額当てに刻んだ長い黒髪の忍"レノウ"と、百合の模様を額当てに刻んだもう一人のくノ一。レノウの額当てには抜忍である印が垂直に真っ直ぐ入っている。カカシとウミの様子を目にしたレノウはもう一人の忍に瞼を返すと、音もなくそこから消え去っていった。

2014.08.29

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