独りよがりの唇

「無事退院おめでと」

5代目に完全退院を言い渡された私は、家までの道のりを歩きながら心底安心したような笑顔で私の頭を撫でるカカシ先輩を視界に映した。まさか任務開始初日で病院に逆戻りするとは思ってなかった…明日からもっとしっかりしなきゃ。こんなんじゃ、駄目だ…ぼんやり歩きながら溜息を吐いていると、急にピタリとカカシ先輩の足が止まった。

「あ……ご迷惑おかけしてすみませんでした」
「無事だったからチャラ。"完全に"無事なわけじゃないけど…」
「わ、」

頭を撫でていた手が肩に下りてきて、呪印を受けた部分をなぞるとそのままするりと腰に添えられる。その瞬間に、ぼすっとカカシ先輩の腕の中に閉じ込められた。何するんだともがこうとしたが、少しだけ震えている先輩に気付いて抵抗する気が失せてしまった。

どう、したの。逃げるな、とでも言いたげな力強さが少しだけ痛い。ふと息を吸い込めば鼻についた先輩の香り。あ……毒を盛られたあの日助けてくれた時と同じ匂いだ。そう思ったら安心感に包まれて、無意識にすり、と先輩の胸に頬を擦り付けていた。

「……ほんとに、」
「…」
「…お前はほんと俺をハラハラさせてくれる天才だ」
「そんな言い方…今回のことは想定外です。次からは気をつけますから」
「次からはって、今のお前は狙われてる身でしょ。どんな奴が現れるか分からないから気が気じゃないのよ、俺。お前は確かに強いけど……心配なんだよ……」
「心配って…私は忍です。忍に心配なんてしてたら身がもたな‥」

「もたないですよ」と言いかけてフッとカカシ先輩を見上げた瞬間、悲しそうに、切なそうに揺れる瞳とかち合ってひゅっと息を止めた。

なんで、そんな顔してるの。道のど真ん中でカカシ先輩に抱きしめられて、じんわりとした暖かいモノが体の奥から溢れ出す。ぎゅっと心臓が掴まれるような痛みに困惑しながらカカシ先輩の背中にそろりと手をのばした。カカシ先輩にそんな悲しい顔はさせたくない。何故って聞かれても、そんなの分からない…けど、これだけは分かる。先輩は色んなことを背負い過ぎた。だから…

「…そんな顔しないで下さい。私は絶対先輩を残して死んだりしませんから」
「…っ、お前、大した自信持ってるよね…」
「だから、こうやって生きて」

言葉を最後まで言う前にふっと顔に影が落ちる。コツ、と自分の額に先輩の額が当たると同時に、口布を左手で外したカカシ先輩が真っ直ぐに私を見つめていた。視界に映る端正な顔付き、そして真っ直ぐな目から私は顔を反らせることができなくて、いつの間にか熱を持った頬に先輩の左手が添えられた。

「その約束、"絶対に"守ってよ」

その言葉と同時にカカシ先輩の唇が優しく私の唇を塞いだ。








お前は昔からそうだった。誰にも感情を一切見せようとしないくせに、誰とも仲良くしたがらないくせに…なのに人を助けたがる。おかしくなりそうだった俺にどこかで安らぎをくれて、闇の世界から小さな手を差し伸べてくれてた。確かに俺はお前に救われてたんだよ。

そして今、お前は俺が一番欲しかった言葉をくれた。「絶対に死んだりしない」と言ってくれた。"絶対に死なない"なんて、忍である以上約束できない言葉だっていうことは分かってる。それでもウミは確かに口にした。お前、すごいよ。この俺が、大事な人達ばかりを死なせてきた俺が、お前の言葉を信じようとしてる…いや、お前だから信じられるのかもしれない。お前は俺が絶対に守るから、ずっと一緒にいてくれるよね?俺から離れないでいてくれるよね?

「っん、ぅ……」

絶対に手は出さないと決めていても、それがどこで崩壊するかなんて分からないもんだ。柔らかい唇の感触を味わい、ぺろりとウミの下唇を舐め上げると、びくりとした拍子に薄く開いた口の間からぬるりと舌を入れた。もう俺は、お前に何も隠さない。それにお前は自覚ないかもしれないけど…もしかしたらどこかでウミも俺を意識してるんじゃないかって思ってる。だってさっきの発言…少しは自惚れてもいいってことだよね?

舌を絡ませながら薄く目を開けると、ぎゅっと目を瞑りながらも抵抗の意思が見えないウミがいる。ぎゅっと背中の服を掴む手も短く息を乱す姿も、酷く愛おしかった。

「…無理矢理、ごめん」
「な、…に……なんで、こんなことっ…」
「俺は…ウミが好きなんだ」
「……っ…え」
「ホントは順序が逆なんだけど…どうしても我慢できなくて…ごめん…」
「…………、っ…」
「…お前がそういう気持ちをよく分かってないのも俺は分かってるつもり。だから、ゆっくりでいいから、考えてくれない?」
「かん、がえる」
「ウミには…俺の"恋人"として側にいてほしい」

目を少しずつ真ん丸にしていくウミの唇に自分の親指を這わせる。今ここに、初めて触れた。ごくりと生唾を飲み込んだ俺は今日だけ見逃して、と口を動かすと、吸い込まれるようにウミの唇を奪った。

2014.08.28

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