繋がる絆を瞳に映す

「明日には退院だな」

病院の中庭で体を動かしていると、様子を見に来たらしい5代目が腕を組んで笑みを零しながら壁にもたれかかっていた。外に出る許可ももらっていたし、ほとんど治っているということは自分でも分かっていたから文句を言われることはないだろう。そうは思っていても、壁にもたれかかる五代目を見たら、木に打ち付けた足を無意識に引っ込めていた。

「自分の体調は自分で分かっているだろう。お前はどっかの馬鹿みたいに無理はしない奴だからな」
「…すみません」
「しかし、もう充分元気そうだな。だったら明日退院後、明後日には任務についてもらいたい。その時はカカシ、お前も一緒だぞ」

どこにも見当たらないカカシ先輩にそう告げると、音もなく隣に現れたカカシ先輩を視界に入れて溜息を吐いた。そう、忘れていたが私はこの人に護衛されているのだ。普段は気配を消しているからかそんなに気になることはないが、呼ばれてすぐ出てくるあたり流石というか…なんというか。

「一応護衛なんですから、5代目から俺を出てこさせるような真似はやめてください…」
「何言ってんだお前。一昨日雨の中そいつ背中に抱えて帰ってきた癖に…聞けば護衛任務ほったらかして話を聞いてやっていただのなんだの…」
「あーははは…」
「……」

苦笑いするカカシ先輩に5代目は何故かニヤついていて、私も一概にカカシ先輩の所為にはできずに押し黙る。泣き疲れて意識を飛ばしてしまったあの日、病院まで帰った記憶はないが、起きた時妙にすっきりとした気分だった。それは…カカシ先輩が私を"泣かせて"くれたおかげかもしれない。5代目から顔を反らせ、頬を掻きながら目を泳がせているカカシ先輩をふと見ると、私と目が合った所でさらに晒された右眼の焦りが早くなった。なんだか変な空気になってしまった所でカカシ先輩は護衛任務に戻る為「では明日」とその場から姿を消すと、ニヤついていた5代目からぶふっと笑い声が漏れた。

「ははは…あんなカカシは見ていて気持ち悪いな。早くどうにかしてやれよ、ウミ」
「私ではどうにもできないでしょう」
「そうか?…まぁいい、とりあえず退院の手配をしておくから今日まではしっかり休んでおけ。いいな」
「…分かりました」
「それと、その"呪印"…調べるつもりだったんだがこっちも色々問題が山積みで…悪いがウミ自身が何か少しでも変だと思ったらすぐ連絡してきてくれ」

絶対だぞ、と振り向き様に真剣な表情を浮かべつつ去って行く5代目の背中を見送った。そして無意識につい先程までいたカカシ先輩のいた場所へと視線を向ける。あの人は昔と変わらない…どんな時も側にいてくれた、どんな私でも側にいてくれた。

「…っ」

心のどこかがもやもやとする。熱を持ってる気がする。一度ではない、身に覚えがある。苦しい、なんでこんなに締め付けられるの…やっぱり病気かな……熱を冷ますように両手を頬に添えると、五代目にこの病気のこと聞くのを忘れてた…と、その場にあった花壇にへたりと腰を下ろした。

「…気分でも悪いんですか?」

はああぁ…と自分らしくない溜息を吐いていると、後ろから凛とした声が響く。振り向いた先に居たのは、白い服と白い目が特徴的な長髪の黒髪青年。どこか威厳を携えたその青年は、私を見てぴたりと動きを止めた。

「貴方は…」
「…どこかでお会いしたでしょうか」
「昔…手合わせをさせてもらいましたよね」
「その目……確か日向一族の…」
「日向ネジです。翡翠ウミさん、でしたよね?」

思い出した。私が暗部の頃、演習場で修行をしていた私を睨んでいた少年がいた。まあ睨んでいたわけではなく、少し修業の相手をしてほしかっただけということを後から聞いたわけだが、当時何かに強い恨みを持った目が私は嫌いだった。しかし今ではそんなことなんて少しも見受けられない穏やかな目つきをしていて、本当にあの時の少年なのかとほんの少し首を傾げた。

「あれから全く会えませんでしたね。長期任務にでも着いていたんですか?」
「まあ…任務続きでしたから…」
「そうでしたか。あの時は随分俺も生意気で怒らせたのかと思ってましたが…」
「…確かに…あんなに生意気な子は初めてでした」
「す、すみません…」
「いいんですよ。私もネジ君くらいの時は相当生意気でしたから」
「ウミさんは何故ここに?」
「入院しているんです。明日退院することになりましたが」
「ウミさんが?」
「それよりネジ君こそどうしてここに」
「俺は…最近退院したんですが、自分の荷物がまだ残っていたので取りに…」
「ネジ?…と…」

会話の最中に聞こえた少し高めの声に顔を上げると、以前任務で見た顔があった。白魚ハヤ…くノ一の上忍。あの時は私は暗部として動いていたから顔は見られていないが、実力も備わっているこの子だと少し心配だ。そんな私の考えも知らず、ネジ君の横にいた私を凝視しながらネジ君の隣へ歩み寄った。

「ハヤ、どうしたんだ?」
「フロントにいらっしゃらなかったので探しにきたのですよ。そちらの方は?」
「俺が小さい頃に一度だけ手合わせをしてもらった人なんだ。特上の翡翠ウミさん」
「ネジ君、私上忍になったんですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「知らない方ですね。集まりでも見かけたことはありませんが…私は上忍の白魚ハヤと申します」
「よろしくお願いします」

軽く挨拶を交わすと、白魚ハヤちゃんとネジ君が仲良さそうに話す姿を見ながら無意識にカカシ先輩と私を重ねる。本当に仲が良いんだな…安心しているのか2人の顔は緩く綻んでいて、見ていてなんだか心が温まる。…そういえば私とカカシ先輩は、皆からどういう風に見られているんだろうか…って、私またカカシ先輩のこと、考えて…。さっきまで忘れかけていた熱が上がる。私は二人を置いてばばっと立ち上がると急いでその場を後にした。

「急にどうしたんだ?」
「わ、分かりません…」

2014.08.22

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