絶望だった、ぜんぶ

たんっと足を止めて視線を上げた先、見慣れた火影岩に1つ新しい顔岩が増えていた。‥それもそうか。私は長い間里から離れていたんだから。

昔通っていたアカデミーの屋根に腰を落ち着かせて、とんでもなく長い文面が連なった手紙を薄汚れたイヌのキーホルダーが付いた小さなポーチから取り出す。これを初めて読んだ時、色んな感情が頭の中で渦巻いた。その感情はどれも負の感情ばかりだったのを覚えている。あの日、読み終わるや否や手紙をぐしゃぐしゃに握りつぶしてしまい、今となっては皺ばかりの紙切れになってしまっていた。

私 -- 翡翠ウミ -- は木の葉隠れの里の忍で、暗部であり、特別上忍だった。『だった』というのは、木の葉の里を離れてから一年以上が経過した頃、私宛に送られた伝書鳩に上忍昇格を告げられたからだ。伝書鳩から上忍昇格の知らせを受けるなんてどういうことなのかと思ったが、里に帰るキッカケとなったこの手紙で既に納得していた。

私が里を出てから、3代目火影…ヒルゼン様が亡くなった、そう書いてあった。最近まで起きていた戦争のことまで細かくびっしりと標記されていて、帰還せよ、との命令文の終わりに5代目火影『綱手』と綴られていた。要はヒルゼン様亡き後、文面にあった木の葉崩しによって人員が不足したんだろう。不足って言ったって、私は上忍としての活動も満足にできない長期任務についていたからあまり実感もないけど‥

「…手紙をよこされたから、かな…随分街も変わった気がする…」

戦争直後だからなのか、街中では至る所でカンカンと復興中の音が鳴り響いている。里を歩く人はせかせかと動き回り、子供達が忍者ごっこなる遊びで紙手裏剣を投げて遊んでいた。

「‥‥」

1つ溜息を零して手紙をポーチにしまうと、付けっ放しの兎の面を頭まで上げて屋根の上に寝そべった。陽の光が暖かい。

こんなに安心して空を見上げるのはいつぶりだろうか。4年前、暗部として腕を上げていた頃。私はヒルゼン様から、忍殺しの国として有名な『修羅の国』へ隊長の肩書きで長期任務を言い渡された。修羅の国は異常なまでに閉鎖的な国で、特に国王が忍を毛嫌いしており、その為か友好関係を結ぼうとやってきた色んな隠れ里の忍達を残忍なまでに嬲り殺し、小さな隠れ里を血祭りにあげるという事件が勃発していた。

話し合いにも応じない修羅の里を止める為にヒルゼン様が下した決断は、国王、王族の暗殺だった。隠れ里の忍が修羅の国には邪魔であるという情報、修羅の国が多里へ奇襲をかけ殲滅させたという事実、王族の危険思想…それらの理由から複数の仲間と共に修羅の国に向かった。

暗部として腕を上げれば上げる程、人としての心が軋む。それは分かっていた。だからこそ自分が適切で冷静な判断を持ち最前線に立つ…もちろん今回もそうだった。でも、忍殺しという異名は伊達ではなく、今回ばかりはどうにも冷静でいられずに取り乱してしまった。目の前で殺されていく仲間、もう絶命しているのに、それでも死体を甚振る修羅の国の警備班達。

なんとか無事に任務は終えたものの、生き残ったのは…私だけだった。

「……いけない、感傷に浸ってる場合じゃない…五代目の所に行かないと…っ、」

がばっと起き上がると、まだ完全完治ではないいろんな箇所が悲鳴を上げた。5代目はまだ何も知らないのだ。手紙は一方通行で、私も伝書鳩を飛ばしてる場合ではなく、チャクラもないギリギリの状態でなんとか生き延び、回復を待っていた所での帰還命令。

「…一言くらい、絶対帰ってくるって言いなさいよ」

出発の日、私の背中越しで嘆くように告げたのは、天才だとか里の誉れだとか言われていたコピー忍者の異名を持つ暗部の先輩。あの人だったら、仲間を死なせることなく任務遂行できたんだろうか。

洗っても綺麗に落ちることのなかった暗部の装束に付着する血の痕を指でなぞり、兎の面を被り直した私は、唇をぐっと噛み締めその場を後にした。

2014.01.05

prev || list || next