絶対に相容れない、茄子

「よぉ、暇そうだな」
「ゲンマ先輩」

目が覚めて数日のお昼時。お皿に残った病院食を目の前に箸の動きが止まっていた私は、突然開かれたドアに目線を寄せる。そこにはカカシ先輩とあんまり仲がよろしくない(ように私には見える)ゲンマ先輩がビニール袋片手に立っていた。まあ、特別任務として私についているカカシ先輩も今日は任務の為別の暗部がついてくれているらしいし、早くても夕方にしか戻ってこれないと聞いているので鉢合わせることはないだろうと、安心して部屋に迎え入れるとゲンマ先輩はとさっとビニール袋を布団の上に乗せた。

「…なんですか、これ」

中身を確認するようにがさりとビニールを覗き込めば、きつねうどんのカップラーメン(私の好物)やら南瓜のプリンやらカレーパンやら、全くジャンルの噛み合わない食料が入っていた。

いや、どんなチョイス。引きつった顔を浮かべながらどうしたんですか、これ、という顔を向ける。ゲンマ先輩がこんなよく分からない品を選ぶわけない。中々気の利く忍であるということはよく分かっているつもりだ…多分。

「それ、お前を知ってる上忍達から見舞いの差し入れだとよ」
「え、」
「南瓜のプリンは俺の差し入れ。美味いぞそれ」
「ゲンマ先輩が…南瓜のプリン…」
「何が言いたいんだコラ」
「……キャラじゃない気がします」
「うるせぇよ。で、調子はどうだ?」
「あ…ほとんど回復しています。わざわざ来ていただいてすみません」
「そうか、そりゃよかった」

どかっと近くの椅子に腰掛けたゲンマ先輩は、私の目の前に置いてある病院食を目にすると、ん?と眉間に皺を寄せてこちらを振り向いた。なんか面倒くさいことになりそうな気がする…そう思った瞬間千本を揺らしながら緩く笑っていた。

「なんだよ、綺麗に茄子だけ残ってるけど…お前もしかして茄子苦手なの?」

人のことを指差してくすくす笑うゲンマ先輩にカチンときて、箸を持ったままの手を動かし、不気味に光る紫色の漬物を掴むがぐにっとした感覚に「うっ」と呻き声が漏れた。

口に入れた時のグチャグチャ感が一番イヤだけど、この変に異様な柔らかさと色も好きじゃない。ぷるぷると震える手を空中で固まらせていると、とうとう我慢の限界がきたらしいゲンマ先輩が大きく笑い声を上げた。

「意外すぎるだろ!お前が茄子嫌いって……それよりも嫌いな物目の前にしてそんなこの世の終わりみたいな顔するウミの方がキャラじゃねぇし、ぶはっ…!!」
「…そんなに笑うところですか」
「ふっ…はは…っ…なんだかんだ可愛いとこたくさんあんだよなーお前って…」
「馬鹿にするなら帰ってくださいよ」
「ああ悪い悪い。でも病院食っつーことは体のこと考えて作ってるってことだろ?ちゃんと食べた方がいいんじゃねぇの?」
「分かっています。分かっていますけどそんなこと簡単に言わないでください」
「ガキか」
「ほっといてください」
「…俺が食べさせてやろうか?」

ニヤニヤとしながら右手を出すゲンマ先輩に、嫌悪感丸出しの顔で「絶対嫌です」と言いながら目の前の茄子を凝視する。その口に咥えた千本でも奪ってゲンマ先輩の顔でも刺してやろうかと思いながら溜息を吐いた。いやしかし完敗だ。カカシ先輩の茄子好きは知っているし、苦手な茄子料理を作ってあげる為にももう少し自分が食べれるよう頑張ってみようと思ったが、これは時間がかかりそうだ…

あれ。でもいくらカカシ先輩に作ってあげる為とはいえそんなに頑張る必要はないよね…なんで今更そんなことを。自分の行動に疑問を浮かべながらつんつんと箸で茄子をつつく。はたからみたら食べ物で遊ぶ小さい子供だ。そう考えていると、箸を持ったままの私の手を徐に持ち上げたゲンマ先輩が自分の口元へと運んで…食べた。

「げ、」

あんな締まりのないような茄子の漬物を口に入れた……。むぐむぐ口を動かしているのを眺めながらぼんやりとそう考えていると、箸を持った手を握りしめ何故かしたり顔を浮かべたゲンマ先輩が顔のすぐ近くで私を覗き込んでいた。

「中々美味かった」
「私にはまだ分かりそうもないです…あの謎の詰まった食べ物を理解するには…」
「……オイオイ、少しくらい動揺とかしてくれてもいいんじゃねえのか?さすがに凹む」
「なんで凹むんですか」
「…カカシにこう言うことはされてないわけか」
「なんでカカシ先輩が出てくるんですか」
「あーもう!わかったわかった!俺が悪かったよ、クソ…鈍感な奴め…」
「はぁ」

何したり顔(ドヤ顔とも言う)を浮かべた後に勝手にキレてるんだと首を傾げるも、残っていた茄子がなくなったことでプレートを後ろに下げた私は、頭を抱えるゲンマ先輩から顔を反らして溜息を吐いた。

茄子‥なんで好きなんだろう…カカシ先輩…

自分が嫌いな物を好きな人がいるのは世の中にはよくあること。私もそんな小さなことを一々気にしたことはなかったのに…よく分からない感情が確かに小さく渦巻いている。それが何なのかは考えてみても全く見当がつかなかった。

2014.06.13

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