ゼロ

【時間が無い】

何日か経った後の火影室、突然私の前に連れてこられたのはコトメの中に封印されている存在だった。とはいえ、彼女の体を通して話をしているだけであるからして、違和感しかない。だけど、眼に映るその瞳の色も気味が悪いくらい真っ青で、そこにいるのがコトメでありコトメではないということを実感させられる。しっかりとした佇まいが、なんともその小さな身体には不釣り合いだった。

「時間がないとは?」
【恐れていることが近いということだ】
「恐れていること、が何か知っているという認識でいいのか?それはなんだ」
【光の国の危険な猛者が生きている。1人で大国をやりかねん、そんな奴等が動き出しているのは火を見るよりも明らかだろう】
「‥それはなんとなくではあるが分かっている」
【止められるのは、器だけ】

静かに言い放った声は、冷たい氷のようだ。それで何が言いたいのかを分からない訳ではない。‥だが、約束したのは約1週間後だ。それまで任務だって、コトメがやらねばならない仕事は十二分に残っている。だがそういうのも捨ててすぐにでも行かない程に焦っているという、‥そういうことなのか。温くなったお茶を一口飲んで、ふうと大きく息を吐いた。‥こいつの力が、そんなにこの先大事な戦力になるのかと。

【日暮硯一族の力は、この先重要なものとなるだろう。急ぐのは賢明な判断だ。任務や仕事なんて誰でも出来る。そうだろう?】
「‥」
【制御できない力はいずれこの里を殺いでいく。だが大国を守る力を秘めているのはこいつしかいない】

‥日暮硯一族の能力を知り尽くしている奴だからこそ、脅迫じみた信頼を寄せているのだろうか。その言葉にうんともすんとも返すこともできずにいたが、鋭い視線には抗うことができなかった。

日暮硯シキミの力は知っている。里を覆い強固な壁を持って守ることができる忍だったのはもちろん周知の事実だ。‥その血を引くコトメが出来ないことではないと思うが、やはりそれは予想まで。そんなに急かすように里を離れて大丈夫なのかと考えてしまうところがある。‥いや、可愛い子には旅をさせよという、そういうことなのだろうか。がり、と爪を噛んで色々もやもやと頭の中で考えてみても、結果答えは出てこなかった。里の忍だって有り余るほど多い訳ではないから。

【貴様は里を守る為に何をした、火影】
「‥‥」
【それと同じだ】

自分を犠牲にした。その答えを読み取られたように明らかな笑い声を上げた真っ青な眼は、言え、と私に無言の圧力をかける。‥分かっている、何を選択すべきなのかは。そしてそれを良しとしないであろう奴等もいるってことも、分かっている。どちらかを選択しろと言うならば、火影としてやるべきことは1つなのも。

「‥分かってるよ」
【そうか。なら話は早いな】

こいつは今日付けでロウの所に連れて行く。すうと背中を返した姿に待ったをかけそうになった手と口を止めた。怒られるのは私の役目、ということか。‥閉められた扉の音が酷く静かだった。

誰もいなくなってしまった火影室の窓はすぐに叩かれた。誰かなんてもう察しは付いている。コトメの護衛を頼んだのは自分なのだ。ちらりと見て、顎で開けていいぞと合図を送れば、びゅうと風も入ってきた。眉間に皺の寄った顔付きは既に怒られているみたいで居心地が悪い。ぐいと詰め寄ってきたシカマルは、なんで行かせたんですかと一言だけ強く問い詰めて黙ってしまった。こいつも、そうだ。‥分かってて問い詰めたんだな、と。

「‥すまん」
「いえ、‥‥オレも申し訳ねーっす、でも」
「別れの言葉がなかったのは、許してやってくれ。‥私のせいだ」

勝手に連れ去りやがって。そんな言葉を噛み殺して、ぐしゃりと手元にあった紙を握り潰した。任せてた仕事どうしてくれんだあのバカの器の野郎。これだからああいう勝手な奴は嫌いなんだ。

さっきまでそこにあった筈の残り香は、もう既に消え失せようとしている。シカマルはそこにあったものを見て今何を考えているのだろうか。最後に見たコトメの顔が思い出せないくらい、真っ青な瞳は強く記憶にこびり付いている。‥それが後に再開する彼女の強い瞳であったことを知るまで、私はあいつのことを強くなろうとしているただの泣き虫なガキだと、そう思っていたのだ。

2018.07.11

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