蝶々の死

「シズネ急げ!!」
「はい!!」

僕の病室の前を慌ただしく通り過ぎながら声を荒げる綱手様の声を耳に入れて上体を起こす。朝から急患でも出たのかと思いながら机の上に置いたままのコップに手を伸ばした。先日から始まった怒涛のリハビリと筋肉マッサージで筋肉痛というか、久しぶりにたくさん体を無理矢理動かされているから痛いというか…とにかくサクラを筆頭にここの医療忍者は容赦がない。それでも自分のせいかと渋々納得しながら水を飲み干した。

「おはようございますヤマトさん。今日1回目のマッサージをしますよー」

そして、慌ただしい声が遠ざかると同時にパタンと扉を開けて入ってきた医療忍者の1人に目を向ける。軽く会釈を返し、僕は若干ビクつきつつ口端を引き気味に上げた。

「お手柔らかにお願いします…本当に痛いので…」
「何言ってるんですか。サクラさんから聞いてますよ、早く治したいんでしょう?だったら我慢してください」
「…」

恐ろしいまでの笑顔を浮かべた彼女に、また今日も地獄のマッサージかと落胆せざるを得ない。ゆるゆると布団の上に仰向けになると、諦めて目を閉じた。

「…あ、そういえば」
「?どうしました?」
「さっき部屋の外が随分騒がしかったみたいですけど、何かあったんですか?」
「さあ……顔は見ていないので分からなかったですけど、随分血塗れのようだったので多分任務で負傷した方じゃないですかね」
「はあ、そうですか」
「それよりも!ヤマトさんは自分のことを心配してくださいね!」
「う"っ!!?…ッだーーー!!!!」

そこ!!一番痛い所だって!!容赦無くピンポイントで押さえられて例に漏れず悲鳴を上げた。痛すぎる!我慢するとは決めてたけど痛すぎる!!半分涙目になりながら鈍い呻き声連続で出し続けていると、マッサージをしてくれている医療忍者から可笑しそうな笑い声が上がった。‥なんか面白がってないかなこの人…。








「恐らく縫合培養術だ」

集中治療室。シズネとサクラがセナの治療を施している目の前で、眉間の皺を深くした綱手が小さく口を開いた。新しく臓器を作り出すという、第4次忍界大戦で絶命したと思われた日向ネジの命を救った深月一族の秘術である。バラバラのキンを乗せた銀のトレイを近くの台の上に置いて、綱手はぎゅっと両手を握り締めた。

「縫合培養術って……まさかキンさんの為に…?一体何があったの、サクラ」
「私が深月病院に着いた時には既にセナさんもキンさんも酷い有様だっただけで何も分かりませんでした。とにかく早く病院に運ばないとって…必死で…」
「……」
「それに綱手様、縫合培養術というのは人の臓器を軸にして全く同じ臓器を作り出す術のはずです。人間と昆虫ではまず生態の種類が違う、セナが自分の臓器の1部を基に新しい臓器を作り出したって意味がないんじゃ…」
「じゃないと自分のありとあらゆる臓器に傷をつけた説明がつかないだろ。セナにとってキンはそれ程に大事な存在だったってことだ。特にセナの心臓と肺…焦りすぎたのか削り方が荒い、大量出血の原因にもなってる」
「……キンさん、は…」
「…分かってるだろうサクラ。お前がここに連れて来た時にはもう…」
「っ…」
「サクラ、集中して!」
「…はい!」

セナの自宅で散らばっていた肉片を思い出してサクラは顔を歪め、それに気付いたシズネは喝を入れる。そんな2人を見守りつつセナの容体を細かくチェックしていた綱手はふとセナから視線を外してキンに目を向けた。羽や体が黒くなってるのは毒と考えていいな。バラバラにするとは…酷いことをする…。

「キンはただの口寄せだぞ…?何故消される必要があったんだ…」

その毒の影響なのかそうじゃないかは分からない、カラカラに萎れてしまっている黒い羽を手に取って綱手はぽつりと呟いた。

2015.01.06

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