踏み止まった決意

「……一度も口寄せの蝶が住む森にキンさんが帰らなかったのは転生したとは言え元は人間だったから…術をかけた張本人からの逆口寄せじゃないと、帰れなかったのか…」
「そういうこと。…で。テンゾウ、私のお願いっていうのは…ここまで話したらなんとなく予想はつくよね?」
「キンさ……スミレ、さんの代わりに」
「キンでいいよ」
「…キンさんの代わりに…僕がセナの側にいてほしいってことですか…?」
「そう」
「なんで僕が…無理ですよ、それは」
「なんで?」
「なんでって…」

この人は僕の気持ちを知ってるのに何故そんなことを言うんだ…もちろん側にいたいのは山々だけどね、セナに対して恋愛感情がありセナが僕に対して恋愛感情がない時点で僕には向かないお願いだと思う訳で…それに…今の僕では側にいることが出来ても守れはしない。

「…まあ、ここで否定なんかしたってテンゾウはセナのこと守る為に自分の体くらいなんとかしてくれる奴だってことくらい分かってるから」

どこか少し嬉しそうな声を紡ぎ出すキンさんにそれは昔の話しですよと口を挟みそうになったが、また1人になってしまうセナの姿を一瞬思い浮かべたら何も発言できなくなってしまった。セナは初めてできた友達がキンさんだと言っていた。本当に家族みたいだと…いや、今思えばキンさんとセナは事実親子ではあったのだが…そんな人がいなくなってしまえば本当にセナは1人だ…あんな性格だからか気を許せる仲間がいるかと問われれば、正直答えにくい所だろう。

「…」

結局の所本気で忍をやめようと考えていた僕は、キンさんに告げられた事実によって簡単に踏み止まったのは間違いない。僕がセナの側にいる為にはこの動かない体を治して、もっと"強くなる"しかないのだ。でも…それで本当にいいのだろうか…また僕の力が悪用されることがあれば…

「大丈夫」
「…?」
「テンゾウには"仲間"っていう強力な武器がある。第4次忍界大戦の時みたいなことにはならない。そんなこと絶対セナや皆がさせない。だから、テンゾウも今まで以上に強くならなきゃ」
「っ……」
「だから、その力でセナを守って。側にいてあげて。これは…私から最期のお願い」
「…」
「それと…セナは…」
「…?」
「自分の"運命"を知ってるからこそ、貴方に踏み込んでいけないだけよ」

独り言のようにぼんやりと呟くキンさんの羽をよく見れば、昔は鮮やかだった筈のピンク色が昔よりもほんの少しくすんでいた。いつからこんな風になってた…?それと同時に嫌な予感が頭の中を駆け巡る。

「キンさん……?…っちょっと待ってください、時間がないっていうのは…その体が寿命、ということですか…?!」
「あれ…伝わってなかった?」
「遠回しすぎますよ!!っ、い…!」
「あー、動けないんだから無理に動こうとしないの」

首を持ち上げようとした僕を見ながら呆れたように溜息を吐くキンさんは今何を思っているのだろうか。どんな生物でも"死"だけは免れない。自分がもう長くはないことを平然と言うキンさんは、何よりもセナと一緒にいれなくなることを悲しんでいるように思えた。








「おはようございますヤマト隊長。調子…って!!なにこれ!!?」

朝、病室に突如響く回診に来たサクラの声。そりゃ驚くだろうな、今まで僕は自分から動こうとすることすらしなかったんだから。もちろん簡単に動けないっていうこともあるけど、それ以上にしつこく生きてても意味はないんじゃないかって思ってたからで。でも…昨日のキンさんの言葉で僕の中の何かが変わった。手摺までなんとか腕を伸ばした所でベッドから転がり落ちている僕を見たサクラは、慌てて駆け寄ってくれていた。

「どうやったらこうなるんですか!?なんで落ちてるんですか!!動いたんですか!?というか動けたんですか!?」
「無理矢理ね…ちょっと、起こしてくれるかな…」
「簡単に動けないんだから無茶しないでください!!骨だって弱ってるんですよ!!落ちてポキッといっちゃったらどうするんですか!!」
「肝に命じておくよ…それよりサクラ、マッサージ頼んでいいかな。あとリハビリもしたい」
「…え?」
「少々手荒でもいいから…なるだけ早く治したいんだ」
「ヤマト隊長……っ…分かりました!」

途端に笑顔を浮かべるサクラに僕も笑った。今までずっと自分の体を治すということを拒めるだけ拒み続けていたから、少なからずなんでですか?とか聞かれると思ったけど、サクラは僕の言葉にとても嬉しそうな反応をしただけだった。

「テンゾウには"仲間"っていう最強の武器がある。第4次忍界大戦の時みたいなことにはならない。そんなこと絶対セナや皆がさせない。だから、テンゾウも今まで以上に強くならなきゃ」

キンさんの昨日の言葉に小さく頷くと、サクラが僕を起き上がらせようと伸ばした手を素直に受け入れた。

2014.09.30

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