託される理由

「どこで寝てるのこの子は…」

小さな隠し扉からひらりと部屋へ入ってきたキンは、リビングの机で突っ伏しているセナに視線を向けると呆れたように溜息を吐いた。夕食を食べ終わった形跡がある所を見ると、もしかして自分を待っていてくれていたのかもしれないと少しだけ申し訳なささを感じながら、端っこに置かれている蜂蜜の入った器の上に止まった。

「全く…まだ寒いんだから風邪引いても知らないよー」

椅子に掛かった厚手の毛布をかけてやりたい所だけど、蝶の体でそんな重い物を持てるわけがない。しょうがないから起こすか。そう思いながら息を吸い込んだ瞬間、コップからはみ出ている紙が目について、しょん、と触覚を揺らした。

「何これ」

器から離れてひらひらと紙へ近付けば、それはこの間セナが捨てた筈の水筆用紙で。コップの側面についていた水滴がぽたぽたと紙を濡らしていたからか、薄っすらと文字が浮かび上がっていた。

「捨てたんじゃなかっ、た……」

その文字を目に映した瞬間キンの体がびくっと固まって、金縛りにあったように動かなくなった。

「…………なんで…?」

誰がこれを、なんでセナに、どうして私が、人間だって

キンは自身を偽った"人間"


真っ白になった頭でひとまず状況を整理しないと、と羽でなんとかコップの下に挟まれた紙を引っ張ってみるが、やはり取れる筈もなく反動で後ろへ倒れこんでしまった。そしてそんな気配に気付いたのかセナの体がもぞっと動くのが視界に入り、驚いて先程入ってきた扉から飛び出してしまった。

「…あれ…?キーちゃん、いたような…気のせい…?…あ、!やば、紙出しっぱなし!あっぶない〜!…っていうか、随分遅いなあ……反抗期?」

…等とセナがぶつぶつ独り言を言っていることなんてつゆしらず、今までにないくらい羽をぱたぱたと忙しく動かしながら、キンは深月病院から離れていった。








「…あれ、」

病院のベッドで相変わらず横になったまま、なんだか眠れなくて暇だ、とふと窓へと首を向けると暗闇にひらりひらりと舞うピンク色が見えた。1人(というか1匹)でこんな所をうろうろしてるなんて珍しいな…なんてぼんやり考えていると、僕の顔を見たのかキンさんはひらりとどこかへと消えてしまった。

「…?」
「えっと……テンゾウこんにちは」
「ちょっ…どこから入ってきたんですか!?」
「んー、そこの換気扇が少し空いてたからそっから」
「キンさんだからいいですけど…不法侵入ですよ…」
「固いこと言わないの」
「セナはどうしたんですか?」
「あ……え…ね、寝てるから私1人で旅してるのよ、眠れなくて…」
「成る程、僕と一緒ですね」
「…」
「キンさん?」

なんだかいつもよりキンさんが暗い気がするのは気のせいだろうか。僕の額の上に止まるキンさんにそこ痒いです、とは言えずにそのまま返事を待った。

そういえば……キンさんに直接聞くのは………さすがにマズイか…。セナに頼まれた情報収集のことをふと思い出す。一応探り探りで口寄せの蝶について聞き込んでいるつもりだが、そもそも僕の部屋へ見舞いに来る人で口寄せ自体に詳しい人はいない。それに僕自身も悩んでいることもある…少し待ってみても言葉を発しようとしないキンさんに、おずおずと声をかけてみようとした瞬間、額からキンさんが離れていく感覚がした。そして、ふわりと僕の鼻の頭に止まった。

「…テンゾウ、セナのこと、まだ好き?」
「はい?なんで急にそんな…」
「大事な質問」
「それは………もちろん、僕は今も昔も…セナの側に居たいとは思ってます」
「…そっか」
「その質問の意味はなんなんですか?」
「……テンゾウにお願いがあるの」
「お願い、ですか?」
「今から話すことは全部真実…きっとセナを一番大事に、大切に思ってくれてるテンゾウだから聞いて欲しい。その意味は……分かるよね?」
「…他言無用ってことですか」
「そう」
「なんか…焦ってます、よね?」
「……」

黙り込んだキンさんに思わず眉を下げると、どんなことを言われてもいいように固く口を閉じた。

2014.09.17

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