混乱への引き金

「あ…っ…テンゾウが私を怒らせるからあ…!」
「好きな、奴って……」
「ちょ、勘違いしないでよお〜私がテンゾウのことをライクなのは昔からでしょお!」
「……ライク…」
「とうとう頭までおかしくなっちゃったのお?!ライク!!える!あい!けー!いー!ら・い・く!!オッケー?!」
「……そ、うだよね…いや、そんなこと分かっていたよ…うん…」
「あ〜もお〜〜やだやだ!テンゾウには頭の診察も必要ね、はいはいちゃあんと言っといてあげるわよお〜」
「……」
「な、何よお!」

捨てられた仔犬のような目を向けられて私は思わずテンゾウとの距離を取る。ふと我に返れば粉砕されたドアと木の破片、ついでに青い顔したギャラリーの皆様がちらちらと見えてヒッと顔を引きつらせた。あああ、私は怒りに身を任せるとなんでもやっちゃうのねえ…三十路まで残り僅かの歳月で気付く自分自身を殴りつけて反省させたくなった。

「…ごめんセナ」
「…何、」
「やっぱり僕にはまだ「もーいい分かった」…?」

またしても否定的な言葉を口にしようとしたテンゾウにずかずかと近寄り、言わせるものかと私はポケットに入っていた紙をテンゾウの顔に押し付けた。まだ相談するまいと思っていたが、何かきっかけがあれば、こんな弱気のテンゾウだっていつものテンゾウに戻るはずだ。そう考えてギャラリーの方へと首を捻ると自分でも引く程の怖い顔を作る。その顔に恐れ戦いたのか(ギャラリーだいぶ失礼だと思ったけど)、一瞬で人が散ったのをいいことに改めてテンゾウへと視線を向けた。

「だったらその悩んでる時間私に頂戴」
「…どういう…」
「昔は私の過去を調べるのに協力してくれてたでしょお?テンゾウの力があったからこそ私は自分が何者か分かったんだから、さっきみたいなこと言ってる暇があったら、また私に力を貸しなさいって言ってるのお」
「…力を貸すって…この紙は一体何…」
「名もない手紙がポストに入ってたのよお、開けて吃驚何も書いてなくてえ」
「…イタズラか何かじゃないかい?」
「私もそう思ったけどねえ…これ、水筆用紙だったのお」
「他人には見られたくなかったことか…そういうのは僕じゃなくて、キンさんにでも相談してみた方が…」
「キーちゃんじゃ駄目なの」
「どうして?」
「……キーちゃんに関わってることだから」
「…?」

ん?というような困惑した顔を浮かべるテンゾウに水筆用紙を持たせると、ポーチに入っている小さなペットボトルを取り出して水をかけ流す。じんわりと広がっていく水の染みが紙を伝うと、それまで目で確認することができなかった文字が浮き出した。

「…どういうことだい、これ…」
「そんなの私にも分からない…誰がこんな物をポストに入れたかも分からないし、どういうつもりで私に寄越したのかも…キーちゃんにはなんとなく言えないまま私も色々調べてたんだけどお…だからまあ、協力っていうのはあ、もし綱手様とか里の重役人がテンゾウの見舞いに来た時でいいから、それとなく探ってくれ〜ってこと。もちろんキーちゃんのことをね」
「……」
「ちなみにテンゾウに拒否権はないからねえ」
「…だろうね」
「っ…こんのひ弱「…おいこれはどういうことだセナ」んぎょわっ!!?」

暗い影が見えるテンゾウにまた怒鳴り散らそうとした瞬間、怒りのオーラを纏わり付かせたような綱手様の気配がして私は思わず奇声を上げた。ギギギと首をドアの方へ向けると、拳で大きく貫いた穴から目を光らせた綱手様の姿が見えて震え上がる。

ヤバイ久しぶりに見た形相…!!恐らく誰かが綱手様に「何者かが病院で暴れている」だのと通報(?)したのだろう。破壊されたドアやら何やらをすぐに視界へと入れた綱手様のお顔と言ったら、まさにこの世の終わりだ。

いえ、これは決して私のせいではないのです。ですよねえ?これはドアの鍵を閉めて閉じこもってたテンゾウのせいですよねえ?え?違う?じゃあ大人しく私はスペアキー取りに行ってればよかったですかあ?そうなんですかあ?

「お前は一体何をしてくれとるんだああァ!?」
「ふに"ゃー!!!!!!!?」








「あらまー…ほんとにすごい有様」
「キンさん、どうしたんですか?」
「んー?いやね、うちの子が病室のドアを粉砕したって聞いたもんだからどんな風にやっちゃったのかなーって。今火影室で凄まじいお叱りくらってるらしいじゃないあの子。テン…ヤマト大丈夫ー?」
「…僕は平気です」
「まあでもこれでヤマト隊長部屋に塞ぎ込むことはできませんし、結果オーライというかセナさんの作戦勝ち…?」
「サクラ…あの時のセナは何も考えてなかったと思うよ…」
「…ですよね」
「んー?作戦勝ちってー?」

サクラと大工らしき男の人がドアを直している所にひらひらと現れたキン、は面白おかしそうに周りを飛び回っている。

キンは自身を偽った"人間"


そんなこと…あるわけない。口寄せなんだよ、彼女は…。ぼんやりと先程の文面を思い出しながら、テンゾウは視線を窓へと向けて小さく溜息を吐いた。

2014.08.05

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