差出人不明の手紙

「ナナちゃん具合はいかがですかあ〜?」

数日前、テンゾウから無理矢理剥がされた私は、キーちゃんの監視の元で溜まりに溜まった仕事と患者に追われていた。ちなみにナナちゃんというのは例のナナイロヘラクレスのことで、変な形に折れ曲がっていた足は見事綺麗になっている。さすが私!と言いたいところだが、隣ではぷんすかとしたままひらひらと飛び回るキーちゃんがいるので、変な地雷を踏む前に口を閉じることにした。

「真っ直ぐ歩けるようになったねえ」
「本当ねー」
「もう森にも返せそうだねえ、シノに迎えに来てもらうからねえ」
「あんたがもーちょっと早くここに戻って来てればもーちょっと早く森に返してあげられたでしょーにねー」
「もお、キーちゃん厳しいよお…」
「病人、怪我人がここには何人も来るっていうのにテンゾウにばっかり構って…」
「真面目に仕事してるから勘弁してよお」
「今はね」
「そろそろテンゾウの所にも行かせてほしいしいなあ〜なんて、」
「当分いいでしょ、後は綱手さんに任せてこっちに専念しなさい!」
「そんなあ…!」
「ちゃんとした休みの時にでもお見舞いに行けばいいだけの話。ほら、机の上にまだカルテが残ってるでしょ。さっさと仕事する」
「あー…はい、はいはーい…」

机の上に積まれた紙の山を見てあからさまに肩を落とすと、ナナちゃんの入ったガラスケースの扉口を閉める。テンゾウの目が覚めたのはよかったんだけど、心配はまだ残ってるんだよねえ……忍に戻れるか戻れないか…事実それは半々だし、テンゾウのやる気にもかかってる。まあテンゾウなら必死にリハビリすると思うけど。

「…あれ?これなんだろ」

がさがさとカルテを漁っていると、1番下から茶色の手紙が見えて首を傾げた。いつの間にこんなもの…っていうか宛先なんも書いてないし…私に見覚えがないってことは、絶対キーちゃんがポストから取ってきたんだよねえ?

「ねえキーちゃんこれなに〜?」
「あ、それポストに入ってたから置いといたの忘れてた!まあ多分セナにだろうと思って中身は見ないでおいたんだけど」
「そんなことしたらプライバシーの侵害ってやつだからねえ。…にしても宛先なしの手紙なんてあるう?」
「さあ?」

とりあえずビリビリと開封すると、中から出てきたのは何も書かれていない小さな正方形の紙1枚だけ。最早手紙でもなんでもないじゃないの…なあんだとゴミ箱に投げ入れると、入る寸前でキーちゃんが慌てて紙を羽で拾い上げた。

「ちょっと待って、それ水筆用紙だよ」
「水筆用紙い?」
「水に濡らしたら何か浮かび上がってくるかも」
「あ〜、そういうタイプのやつねえ」

って言われても、どうしてそんな特殊な紙なんか使ってこんな1個人病院に手紙を寄越すんだと思わずにはいられない。誰だこんな面倒くさいことした奴はと悪態をつきながら蛇口へ向かい、水滴を垂らした。

「大体ねえ、こういうことする奴は大概しょうもないや…」

面倒だなあと軽く欠伸をしつつ浮かび上がってきた文字を目に映し、連なる文を読み上げて思わず言葉を無くす。同時に隣のキーちゃんも私の様子に気付いたのかひらひらと近寄ってきて、私はぱさりと手紙を2つ折りに閉じた。

「どーしたの?」
「変な人からの手紙だったあ、気持ち悪〜い」
「…?」

どういう、こと…?こういう時忍でよかったと思う。手紙に連なった事実が本当かは分からないが、これが本当だったら私は一体どうしたらいいのか。とりあえず酷く動揺したことが知られないよういつもみたいに緩く苦笑いを返すと、手紙を捨てるフリをして自分のポケットに突っ込んだ。

誰が、一体これを…。考えたこともない仮説。ありえないことであるはずなのに少しだけ、本当にほんの少しだけ、その"可能性"があるんじゃないかとキーちゃんの後ろ姿を見ながら眉間に皺を寄せた。

2014.06.22

prev || list || next