笑顔は絶やさずに、ね。

「あーもー嫌になるよお、書いても書いてもセナの手が汚れるばっかで終わんないしい…」

ガリガリガリガリと無駄に大きな音が紙の上で鳴っている。途中まで真面目に記述していた文章はいつの間にか忍達の超激似イラストへと変貌していた。この猫目テンゾウとか超上手くない?と口を開いた所で相槌を打ってくれるサクラちゃんは休憩を終えて別の場所へと旅立ってしまった。あーつまんない。

「…そういえばここんとこテンゾウの様子見に行ってなかったなあ…」

ぼんやりとそう呟き持っていたペンをくるくると回す。久しぶりに会いたいなあ、なんてうふふと笑みを零していると、カラカラと休憩室のドアが開いた。ちらりと後ろに目をやった先にいたのは山中家の1人娘で、私は思いついたように目を輝かせると持っていたペンを机の上に置いた。

「いのちゃ〜ん」
「あれ?セナさんじゃないですかー、めっずらしー。こんな所で仕事中なんて」
「皆してそんなこと言ってえ…それよりいのちゃんは休憩〜?」
「そう!やっと健康診断の患者見終わってサクラと交代した所なんですよー、セクハラ親父がいてもー腹立っちゃってー。そのせいで中々終わんないし!」
「ああ〜、あのお髭のオジサン?やだあ、いのちゃんってばモテるのねえ」
「あんっなオジサンにモテても嬉しくないですー!私はサイ君みたいなイケメンにモテたい!」
「ん〜間違いないよねえ!ってわけでえ、ちょっとセナのお願いきいてくれない?」

そう言いながらいそいそといのちゃんの隣に移ると、にっこりと笑顔を浮かべた。それを見てあたかも「嫌な予感」とでも言いたそうないのちゃんの顔が目に入る。そんなに嫌な予感でもないよお?いのちゃんの為に一肌脱いであげるくらいの覚悟はしてる!…ということで。

「サイ君とのデートに取り付けてあげるからあ、ちょーっとの間だけ今やってる仕事変わってくれない〜?」
「ほらもーまたそういう……サイ君とデート?」
「どお?惹かれるでしょお〜?」
「ええー…でも、デートはやっぱり自分から誘わないと達成感ないっていうかー…」
「じゃあいのちゃんがサイ君に話しあるみたい〜って伝えるだけでもできちゃうよお?会って急にデートしましょっていうのも気が引けるでしょお?」
「ええ?そうですか、」
「はい!決定〜!じゃあセナは1時間後に戻ってくるからあ資料の纏め作業よろしくねえ〜!」
「えっ!?まとめ作業って何?!ていうか私やるなんて言ってないですよー!!」

いのちゃんの手をぎゅっと握って、引きとめられる前にその場からダッシュで逃げた私はラッキーラッキーとばかりにくふふっと笑みを零す。休憩室では唖然としたままほうけているいのが、どうすればいいのこの状況とばかりに机に積まれた資料を目に頭を抱えていた。








「解」

テンゾウの寝ている病室前、一応特別患者として結界を設けられているそこに印を組む。そのまま結界内に入り込むとさらに重苦しい扉に手をかけた。目の前に広がる無数のチューブとごぽごぽと音を立てる液体が見える。身体のほとんどを包帯で巻かれているテンゾウの姿に思わず顔を顰めた。何度も見ている姿だけど慣れないなあ…扉を締めるとぺたぺたとテンゾウの眠るベッドへ進んで行った。

「いのちゃんに仕事押し付けてきちゃったあ。もちろんサイ君には話しつけるつもりだし、少しくらいいいよねえ」

返事を返してくれる人はいない。
でも、それでもよかった。

「テンゾウが木の葉に帰ってきた時にセナが言った言葉覚えてる〜?あのね、薬がもうすぐ完成するの。そしたらテンゾウの目にまた皆を映すことができるんだよお?」

椅子に座って足をぱたぱたとさせながら笑みをたやさずに話しかけていると「キミって子は本当に相変わらずだよね」なんて呆れた口調で起き上がってきそうだ。

「もうすぐ夢から覚めることができるよ、テンゾウ。そしたらまたセナの話し聞いてよね〜?まあ、カカシの話しばっかりかもしれないけどさあ」

悲しい顔はしないって"あの日"から決めてるの。セナが笑ってたら、テンゾウも笑っててくれるでしょ?無機質な機械音が響いているのを耳に入れながら、その空間に似つかわしくないくらいにケタケタと笑って見せると、少しだけテンゾウが笑ってくれた気がした。

2014.05.11

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