唯一

「…」

ふと目が覚めて、一瞬どこにいるのかどうしてここにいるのか考えた。暗闇の…洞窟だろうか。少し湿ったような臭いが鼻を掠める。暗闇に少し目が慣れてきて周りを見渡すと、カンクローさんが傀儡を磨いている姿を視界に入れた。どうして1人なのか…ぼんやりしていると、あたしの視線に気付いたのかカンクローさんがこちらを振り向いた。

「ようやく目が覚めたか…体調はどうだ?」
「とっても胸くそ悪いです」
「俺の顔を睨みつけながら言うな」
「テンテンさん達はどこに行ったんですかー?」
「外で見張りしてるぜ。交代で俺とリーは休憩中」
「あれ?じゃあリーさんはー?」
「落ち着かないからって雨の中修行に行ったじゃん」
「…ふーん」

磨く手を止めずにカンクローさんは淡々と答えてくる。どこか冷たい。いや別に優しくしてほしいとかそういうんじゃなくて、なんか怒ってる。何かした覚えなんてない。というより、あたしはなんでここで寝てたんだろうか。…聞くのが億劫すぎるけどあの女がどうなったのか全然覚えてないし…

「カン「お前」ク?」

喋ろうと口を開いた瞬間、タイミングを見計らっていたらしいカンクローさんの声が洞窟内に響く。声には怒りが含まれていて、その目にもその様子が見て取れた。なんでそんなに怒ってんの。いや、怒ってんですか。溜息を吐くと、小さく面倒だと声に出してしまった。やば。

「お前どういうつもりで我愛羅に手を出しやがった」

危ない。あたしの呟きはどうも聞こえていなかったらしい。が、その代わりにカンクローさんからはドスの効いた声が発せられた。もちろんあたしに向かって、だ。いやいや、だからなんで怒ってるんですか…乱暴に投げかけられたその言葉を聞いた瞬間、勝手に目が大きく開いた。

「……は?」
「とぼけんな。全員見てたんだ、お前が我愛羅に刃を向けたのを」
「何言ってんですか。いくら結婚が嫌だからって大きな殺意なんて持ってないですよーやだなあ」
「俺は真面目に話してんだぞ!!」
「!」
「…正直俺を見た時の印象はあんまり良いモンじゃなかった。砂に来てからのお前のことも結局は全然読めなかったしな。ただ…我愛羅が選んだんならって思ったんだが…」
「ちょっと待ってくださいよ、一体なんの話をしてんですか…?」
「お前が我愛羅を殺そうとしたんだよ!!覚えてんだろ!!?」

手に持った大きめのクロスを握りしめたカンクローさんの口ぶりが荒くなる。それと同時に、あたしはカンクローさんに言われた不可解な言葉を頭の中で繰り返した。

そんなこと…する訳ないでしょ、木の葉と砂は同盟国。あたしは木の葉と同盟国の、しかも風影に手を出すなんて…いくら最近色々あったからって…そんなことするわけないでしょ…。木の葉はあたしにとって全てだった。初めて自分が帰れる場所になった。帰る場所を作ってくれた。木の葉を裏切るようなことはしない、絶対に。無意識にカンクローさんを見る目に力が入った。

「次我愛羅に手を出してみろ、俺がお前をー…」
「あたしは木の葉だけは裏切らない!!!」
「今は木の葉の話はしてねえ!!我愛羅の話をしてんだよ!!」
「違う!!!木の葉と砂は同盟国!!!ましてや風影に手を出すなんてあたしがするはずない!!!あたしは木の葉に恩がある!!!」
「どうだかな………お前、木の葉関係なくって噂も最近耳にしたじゃん?あの6年前の"事件"もお前関わってたんだろ…!」
「っなんでそれ…!!、っ…知った様な口聞くな!あたしのことなんて何も…!!」
「カンクロウ。何を騒いでる」
「…我愛羅」

この人もとんでもないタイミングで出てくるなあとどこか頭の片隅で考えながら、あたしは顔を歪めてカンクローさんから勢いよく目を反らした。我愛羅様の目が、あたしを捕らえている、見られている。そう、カンクローさんが知っているということは、もちろん、我愛羅様だって…

「……なのに……なんで、我愛羅様は、あたしを好きだなんて、言うの」

結局、あたしを信用してくれる人なんて1人しかいない。1人しかいなかったんだ。

2016.02.18

prev || list || next