1歩進んで2歩下がる

「っ、マトイ!どこに行、」

ぴたりと大人しくなったマトイから俺が力を少し緩めた瞬間だった。ゆらりと揺れながらマトイの足は女へと1歩踏み出している。何か策があるのか?いや、そんな目はしていなかった。嫌な予感が過ぎると同時に、俺は慌ててマトイの手首を掴んでいた。

「何をしている!」
「…離せ」

そう冷たく放った声は酷く虚無感しか感じられない声だった。驚くくらい瞳の色が黒く濁っている。マトイの瞳は、綺麗な漆黒な中にほんのりと深い緑色が見える、俺の好きな色だったはずだ。俺から逃れようとするマトイの腕を掴んだまま女へと視線を向けた。

「…マトイに何をした」
「なんでもいいでしょ。さ、" マトイ その人 殺してでも こっちに おいで "」
「何を、」

黒い面の女が下衆みたいに笑ったような気がした途端、突然目の前を掠めたクナイ。もちろんオートにより砂でガードされていたが、そのクナイはしっかりとマトイのもう片方の手に握られていた。

「マトイ!!」
「お前何やってんだマトイ!相手は我愛羅だぞ!?」
「…」
「目を覚ませ、マトイッ…」
「無駄だよ」

ギリギリとクナイの切っ先を押し付けてくるマトイと攻防している後ろから、黒い面の女が何処かおかしそうに含み笑いを零していた。

「私が『言霊』で読んだ人物は私が言った通りにしか動けない。いわば傀儡と同じような状態ってこと」
「言霊…?」
「チャクラに言葉をのせて相手を意のままに操る、私の秘伝忍術」
「だったら何故マトイだけに術をかけた?俺達全員に術をかければ事は早く済むのではないのか?」
「『言霊』はチャクラの消費が激しいから、2人も3人も術なんてかけてたら私が戦闘不能になるの。おわかり?‥って、そんなのまあいいか。" マトイ 早く終わらせて "」

その声に敏感に反応したマトイの目がさらに黒く淀んでいく。同時にカランとクナイを落としたマトイは、徐に自分の首へと手を伸ばしていた。

「我愛羅!!マトイを止めて!!」
「!?」
「今黒笛を使わせたらいけない…駄目!マトイ!!」








「はい、サクラ秘伝の頭痛薬」
「…すまない」

マトイが黒笛を使ってしまってから、あの謎の仮面の女達は渋々撤退を余儀なくされ、俺達も一旦その場から離れるしかなかった。マトイ自身が毎度制限していたらしい力も今回は制限されることなく発揮され、その場にいた全員がマトイの術をくらってしまったのだ。リーの班のテンテンが逸早く行動していなければ、俺達の耳は確実に聞こえなくなっていただろうと、目が覚めてすぐのテンテンに言われた。恐らく操られていたからだろう。しかし、そのことに気付いていたのはどうやら俺だけのようだった。

「‥あんな目するなんて」
「言霊使い、か…」
「マトイ、どうして急に攻撃を…」
「操られていた」
「操られて…だから我愛羅に攻撃を…したんだ…」
「…」
「ということは、やっぱりマトイを狙って…でも、どうするの?このまま任務、続行するの?」
「…そのつもりだ」
「まあそうよね。結局こっちの思惑は向こうにバレちゃっただろうし、任務続行しなかったら今度は砂の里に被害が被るかもしれないし…でも、マトイが…」

不安そうに溜息を吐いたテンテンを見て、これからどう動こうかと1人腕組んだ。

2015.12.17

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