悪夢の底

「風影様!どうかなされましたか!?‥マトイ様!」
「静かにしろ!」
「ですが、マトイ様顔色が…!」
「気付け薬だけ…もらってきてくれないか」
「は、はい!」

マトイがベッドに横たわっているのを見た付きの暗部は俺の言葉に慌てて頷くと、光の速さでその場から消えた。さっきの玄武のチャクラに少し当てられたのか、情けないことに少しだけ右手が震えている。あんな、尾獣より凄まじいチャクラを持っているなんて…さすが"神獣"と言われるだけある…ゆっくりと体を持ち上げてベッドに近付くと、気を失っているにも関わらずマトイの眼球の動きが早いことに気付いて目を見開いた。

何か、悪い夢でも見ているのか…。俺との出会いだけまるで記憶がなかったことは、確かに変だとは思っていた。それがなんなのか聞いた所で本人はきっといつもの調子で「分からない」としか答えないだろう。運が悪ければまた気を失うかもしれない。病院に連れて行っても、ここにいても、然程変わりはないはずだ。逆に病院に連れていけば、マトイが目を覚ました時に不振がる。

「どうして……俺との記憶だけ…」

悲しくない、はずがない。俺は、俺が闇に飲まれていた時でさえマトイとの出会いを忘れたことはなかった。煩わしいと、守るという言葉なんて信じていなかった。でも、やっぱり忘れることはなかった。できなかった。あの頃の唯一の光だったのかもしれないと今では感じることができる。

「俺には……大事な出会いだったのに…」

そっとマトイの頬に触れると、撫でるように滑らせて眉間に皺を深く刻んだ。








「マトイッ!!…?!」
「…ああ、お前か小鼠」

数時間後、ベッドのふちに腰掛けている俺の部屋へ、慌ただしく扉の細い隙間から潜り抜けてきたらしい小賢しい声を耳に入れて振り向いた。どうやら火影の所から戻ってきたようだが、マトイの姿を見た瞬間俺の腕へ噛み付いてきた。( 残念だが砂に守られている )

「マトイを襲うなんざ1年速いドスケベッ!!」
「誤解だ。それより聞きたいことが…」
「キーッ!!!マトイにまたそんなことする輩は許さんッラードさん逆口寄せして」
「待て。"また"というのはどういうことだ」
「あッ」

思いっきり「しまった!」という焦りを見せた小鼠の背中を摘み上げると、バタバタぴーぴー言い出す口を親指と人差し指でぎゅむっと潰した。

「俺が何度も過去の話を持ち出したことで、マトイが倒れてしまったらしいと玄武から聞いた」
「ゲンムに会ったのかッ!?」
「"それこそ1人のオンナとしては、記憶から消し去りたい過去だった"と言われた。お前今言ったな、"またそんなことをする輩"だと…何かそれと、関係があるのか」
「違うッ!関係ないッロイ知らないッ!」
「…」
「聞きたいならラードさんに聞けばッ!?聞けるもんならッ!!」
「ラード?」

そのままにんにん!とでも言いたげに小さな手で印を組んでぼふんと消えてしまった小鼠に溜息を吐いた。‥ラード…油か?よく分からない言動に首を傾げていると、後ろから裾をぎゅっと掴まれて俺はびくりと眉を上げた。

「マトイ…?」

そこには、横たわったまま何かに縋るようなマトイの顔と、白くなる程に裾を掴む掌があった。

2014.12.04

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