愛おしいと。

「ヒアシ様…その、今更かもしれませんが…どうして日向でもない一族をここに置く必要があったのですか?それにあの右眼…何をされたんです…?」
「お前にそれを言う必要はない。だが…ハヤは異端だ。隔離しているくらいに思っていればいい」
「日向は由緒正しき木の葉の誇る血継限界を持っている一族です。何かあってからでは遅、」
「何度も言わせるな」
「…っ」

ヒアシはギラリと鋭い目を日向一族の1人である男に向けると、無言の圧力をかけたままその場を後にした。溜息を吐きながらとぼとぼと歩く男をちらりと視界に入れる小さな影。とててっと気付かれないように足を急がせると、その小さな影は"ハヤ"と呼ばれる少女の元へ向かって行った。

…いた。

小さな影の主であったネジは、そっと外から部屋の中を覗き込んだ。中にいるのはぽつんと一人真ん中に座って右眼を抑えるハヤの姿で、ネジがハヤを初めて見た時とは比べものにならない程に辛そうな顔をしていた。

「なんで、こんなの…っ…」

ぎゅっと右眼を抑えていた手を握りしめて泣き始めたハヤに、ネジの顔が歪む。どうして泣いてるんだろう…そう言いたくて、思わず窓に手をかけた瞬間だった。

「ネジ、どうした?」
「あ、ちちうえ…」

ぽん、と肩に手を置かれて振り向いた先にはネジの父であるヒザシの姿。語尾を小さくさせて吃るネジを見たヒザシは徐に窓から部屋を覗き込む。そしてハヤの姿を目に映した瞬間に眉を顰めてわしわしとネジの頭を撫でた。

「あのこ…なにかわるいことをしたんですか?」
「いや。なにもしていない‥きっといい子なんだ」
「でもすこしまえにヒアシさまにつれていかれるのをみました。…かえってきたら、ないてました…」
「…ネジ。世の中には守りたいが為に守りたいモノを傷付けてしまうこともある…」
「まもりたいのに、きずつけるんですか‥?」
「矛盾だと思うだろうな…でもいずれ分かるようになってくる…もう少しネジが強くなったら、彼女のことを教えてあげるよ」
「…?」

夢を見た。初めてハヤと出会って間もない頃、父と会話をした思い出だった。ぱちりと目を開けてよくよく考えると、父はハヤの全てを知っていたということに気付いて溜息を吐いた。そうか…だからあんなことを…そしてその答えを聞かないままに父様は死んだのだ。その頃から俺は宗家を憎み、そこに居座っていたハヤまでも憎しみの対象にした。

「…?」

腕をさらさらと流れていくくすぐったさに目線を寄せると、すやすやと眠るハヤの顔が近くにあってぴたりと動きが止まる。…おい、俺はいつの間に布団なんて広げたんだ…?腕枕をゆっくり引き抜こうとしたが、ぎゅっと服を掴まれているらしく中々動きにくい。というかお互い服は着ているようだ…そこは助かった。

「…どうしてこうなってる…?」

長い睫毛を時折ふるりと揺らしているハヤを見ながら目を閉じる。そういえば昨日…

「っ…、ん…」
「……ハヤ、泊まっていかないか…?」
「な、…にもしないって…!」
「しない」
「随分発言と行動に差がありますよ…!」
「恐らく今日の飲み会は朝方まで続く。それに…邪魔者はいないしな。こんな機会は、その…滅多にないと思うんだ」
「あ、むっ…」
「…嫌なら送っていく」
「嫌……なわけ、ありません…」


思い出した…泊まるよう促したのは俺だったな…。途端にぼぼぼぼっと火がついたように顔が日照るのを感じて小さく首を振る。昨晩とは打って変わって心底安心して眠るハヤの頬に触れると、そのまま額にキスをして頭を抱え込んだ。

「…お前は、必ず俺が守ってやるからな…ハヤ」

小さくそう告げて時計に目を向けた。時計の針は4時半を差している。もう少しだけ寝るかと瞼を落として、そっとハヤの髪の毛を撫でた。

2014.11.20

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