1人、そしてまた1人

午後3時過ぎ、怪我に差し当たりのない加減で柔軟体操をしていた時にまたしてもチャイムが鳴り響く。あの黄色い頭の青年また来たのかな…とげんなりしてとりあえず玄関に向かうと、なんとなく見知った気配がして首を傾げた。誰だっけな。そんな謎を頭に浮かべてガチャリとドアを開ければ、シャギーのかかった黒髪の女の人が立っていて、その腕には小さな赤ん坊が抱かれていた。一瞬にして記憶が蘇る。幼かった頃の私にいろんなことを教えてくれた人で、美貌と知性を兼ね備えたくノ一、カカシ先輩の同期。

夕日紅先輩。
紅先輩は、私が信頼する忍の1人だ。

「え……ウミ、なの?」
「お久しぶりです、紅先輩…どうしてここに…」
「え、っと‥さっきカカシに会って聞いたのよ。…一応アイツには言ってるから、お邪魔していい?あとこれ、ここ来る前に家に戻って持ってきたの。マンション大破したって聞いたから、服がないでしょう?」
「ありがとうございます」

紅先輩から紙袋を受け取り、玄関先に一先ず荷物を置き居間へ通すと、ソファに置いてある厚めの毛布を広げ、寝息を立てる赤ん坊を寝かせることができる場所の用意をして台所からお茶っ葉を探した。というか、紅さん結婚したんだ…私が知ってる人なんだろうか。戸棚からお茶っ葉を探し出し、ポットに入っているお湯を湯呑みに注ぐ。それを居間に持って行くと、赤ん坊を寝かせてすでに寛ぎモードの紅先輩がじーっとこちらを見ていた。

「…お茶、どうぞ」
「あら、ありがと…」
「…?なにか‥ずっと私の顔を見ていますが…」
「え?…あ、ごめんね。なんか見ない間に随分キレイになったから吃驚しちゃって……」
「紅先輩の方が相変わらずすごく綺麗ですけど」
「ふふ、そう?でも今言ったことは本当よ。まあ元々顔も整ってたものね。よく男に間違われてたけど」
「昨日、5代目にも同じこと言われました。写真で見ると男みたいだと」
「そういえば、女の子の追っかけも多かったわよね。告白もされてたし、女の子から」
「ああ…ありましたね、そんなこと…」
「これは、男共がほっとかないでしょうね。カカシも大変そ…」
「カカシ先輩がどうかしましたか」
「こっちの話しよ」

ふふっと笑いながらお茶を飲む紅先輩は、綺麗な目を細めると赤ん坊の方に顔を向ける。幸せそうにしている傍らで、どこか少し寂しそうにも見えた。

「…あの…その子…」
「あ、そうよね。まだウミは知らないんだっけ…」
「結婚されたんですね。おめでとうございます」
「…そうね」

そう言った瞬間、なんとなく空気の温度がひゅるりと下がった気がして続きを言えなくなってしまった。何かあったんだろうか…もしかして第4次忍界大戦で…思い出したくないことを聞いてしまったかもしれない。はっとしたように目を見開くと、私は咄嗟に声を荒げた。

「っ…すみませんっ…」
「え?」
「私、もしかして余計なことを…」

焦る私を見ながら、今度は紅先輩が目を見開く。数秒後、悲しそうな目をしながら笑った。どういうことなのか分からずに口を閉じると、軽く溜息を吐いた紅先輩がゆっくりと口を開いた。

「私もまだまだダメね…帰ってきたばっかりのあんたに心配されるなんて」
「…」
「…第4次忍界大戦よりも前に殉職したの。あの子の父親は…アスマよ」
「アスマ‥‥って、まさか猿飛アスマのこと‥」

私は、一瞬ガツンと頭を殴られたような錯覚に陥った。ヒルゼン様の話しは聞いていたけど、アスマ先輩の話しは全く知らなかった。以前特上としての任務で数回お世話になったことのある、心の広い忍。人と上手く付き合えない時に何度も助けてもらい、何度もアドバイスをくれた人だった。

「‥そ、んな、」
「いろんな人に迷惑かけたし、ケジメはつけたつもりだったんだけどね」
「…アスマ先輩亡くなった、んです、か」
「ウミも仲良かったものね…そうだ、よかったらこのあとアスマの所一緒に行かない?」
「アスマ先輩の…」
「3代目のお墓のすぐ側なのよ」
「…はい」

この数年で恐らく自分が考えてるよりも多く忍は死んだ。理解はしていても心が追いついていかない。紅先輩がどんな気持ちで、どんな思いでアスマ先輩のお墓に顔を出しているのかを考えただけで胸が痛い…

お茶を飲み干した湯呑みを台所に戻すと、紅先輩の持ってきてくれた紙袋を手に居間に向かう。最後に見たアスマ先輩の顔が、酷く鮮明に浮かび上がって消えた。

2014.02.12

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