安堵の時

窓から差し込む光が瞼を刺す。昨日もそうだったがあまり眠れない日々が続いている。というより今日で2日目だが。忍という職業柄身体の管理を怠ることはしないが、ハヤの1件で少なからず動揺している自分がいた。恋煩いで寝不足なんて信じられない。それだけハヤのことを想っているということだが、なんというか…。はあ、と軽く溜息を吐くと殆ど全快した体を伸ばしながら布団を捲り窓へと足を向けた。

第4次忍界大戦。十尾の術によって貫かれた俺の体は綺麗に塞がっている。ここに診察に来る看護師に話を聞く限りでは、綱手様とシズネさん、それに、深月セナさんという医療忍者の腕があったからこそだという。深月セナさんと言えば「木の葉の里の放浪医療忍者」という変な異名がついた忍で、腕は確かではあるものの悪い意味での評判が多い人だ。俺はそんなに関わりがあるわけでもないのでよく分からないが…

「…だいぶ復興してきているな」

綺麗に修復された家や店が見えて、ほっとしたように息をついた。俺が息を吹き返した時は数件の家がわずかに残っているだけで、本当に人が住んでいた里だったのかと疑う程だった。ぼんやりと外を眺めていると廊下の方から静かに足音が聞こえてきて、こんなに朝早くからもう回診か?と時計に目を向けた。

まだ7時過ぎじゃないか…普通の患者ならこんな時間に起きるはずが…。そう考えていると同時に開いた扉の奥、白いチャイナ服が見えてはっとした。あの独特の忍服を着ている人物なんて1人しかいない。

「…もう起きていたんですか?」

俺の姿を見て目を丸くした人物は、扉を開けたままぴたりと動きを止める。当分会いには来ないかもしれないと予想していたのに、恋煩いの要因である本人が朝から突然顔を出したことによって思わず目を背けてしまった。よくよく考えればあの時、なんとも大体な告白をしてしまったものだ。

「また…急な訪問だな」
「そうですね…自分でも、そう思います…」

か細くなっていく彼女の、ハヤの声を聞きながら俺は静かに息を飲んだ。何を話せばいいのかわからなくて、開きかけた口も閉じる。返事でもしにきたのかとか日向の名が嫌なのか俺が嫌なのかとか。考え出せばきりがないことも言葉に出来ないのであれば意味はない。

「…」
「…」
「あ……朝からそんなに活発に活動して大丈夫なんですか?」
「…これは活発な内に入るのか?」
「多分…」

そして当の本人も何かを言いかけて口を噤み、差し当たりのない言葉を選んでいるのがよく分かった。

「…この間は、急にすまなかったな」
「え?」
「泣いているのを見ていられなかった…同時にやはりお前の側にいてやりたいという気持ちが大きくなっていた。それはもちろん今もだが…」
「謝らないでください…!それに、私がここに来たのは…その気持ちにお答えする為でもありますから」

その言葉に対して俺はぱっと顔を上げる。目に映るハヤは酷く神妙な顔をしていて、俺はああ、と心の中で落胆した。聞かなくても答えなんて分かってしまうじゃないか…苦笑いを返して「そうか」と嘆くように声を出すと、自分でも吃驚するくらいのトーンの低さに慌てて口を手で覆った。

「その前に…確認したいことがあるんです」
「確認?」

躊躇するように小さく発した言葉が聞こえて、なんの確認だ?と眉間に皺を寄せる。とりあえずパイプ椅子に座るように促すが、小さく首を振っていた。








「ネジは……私がどのような人物であっても、受け入れられますか?」

声が震える。真っ直ぐに見据えて告げた言葉にネジは困惑するような顔を浮かべた後緩く笑って頷いた。

「どうして急にそんな質問をするか分からないが…お前が何者であっても俺は全て受け入れる。半端な気持ちなんて持ち合わせていない」
「…」
「何かあったんだな」
「…先程ヒアシ様から私自身のことについてお話しを聞かされました」
「ヒアシ様から?」
「はい…私が光の国、コウの里という場所の出身であるということや、右眼の事実も…この右眼は……日向の呪印ではありませんでした」
「!?」
「この右眼には、光の国が守ってきた"白虎"という神獣が封印されていると言われました。ですが幼かった頃の私では色んな危険を伴うということで、ヒアシ様は私の右眼に日向の封印術を施したそうです。呪印だと、偽って…」
「白虎…?そんなものがお前の中に…?」
「…私は……日向に疎まれているとばかり思ってきました。ヒアシ様にそうではないと告げられた時、先日ネジに言ってしまった言葉に酷く後悔しました…私がどれだけ想ってもネジがどれだけ想ってくれていても、日向の名に阻まれてそれは一生叶うことはないだろうと思っていて…」
「…」
「……私は白虎の封印の器、分かりやすく言えば人柱力のようなもの…普通の方とは違うばかりか、あまり良い物でもないかもしれません‥‥それでも…ネジは私を受け入れられますか…?」

ぐっと拳を握りしめてネジから視線を外す。何も言葉が返ってこないことに下唇を噛んだ瞬間、目の前に影が落ちる。そっと顎に伸ばされた手に思わず体をびくりとさせると、頭上から溜息が零れた音が聞こえた。

「まだ答えを聞いていない」
「…わ、かりませんでしたか…?」
「俺はハヤのことならなんでも受け入れられると言っただろう。俺が1番聞きたいことは…お前が俺と同じ気持ちなのか、ということだ」
「…」
「ハヤ」
「………好きです…私は…ずっとネジを…」

言葉を促されるように名前を呼ばれれば、無意識に零れるネジへの想い。そしてその想いを口にした瞬間、顎に添えられた手は背中へと回されて、ネジの香りに包まれていた。

2014.06.16

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