嘘の理由なんて色々あるのだ

「……失礼、します…」

恐る恐るヒアシ様の自室に足を踏み入れる。1歩踏み出して一瞬ビタッと止まってしまう身体は正直だ。本当は私も踏み入れたくない場所であるのは間違いないし、ヒアシ様も踏み入れられたくない場所だと思うからだ。何故わざわざこんな所に呼び出されたのか。別に私の部屋でもよかっただろうに…妙な威圧感に押されながらもなんとか扉を閉めると、私に背中を向けたままのヒアシ様は無駄に広い自室の棚へと足を向けていた。

「…何かお話があったのでは…?」
「ああ、少し待っていなさい。ハヤに渡す物があるんだ」
「渡す物?」
「暫く座って待っていてくれるか?」
「はい…」

そのまま畳の上に腰を降ろすと、カタンと小さな音を立てて棚から何かを取り出すヒアシ様が見えた。渡す物…なんて、今までそんなの何も…先程の話しに何か関係のある物なんでしょうか…?そうは言っても過去の興味が薄れてしまった私には必要な物ではない。それより私は修行の方が…と、溜息を吐きかけて慌てて飲み込んだ。まさかヒアシ様の前で溜息を吐くなんてことをしたくなかったからだ。

「待たせた」
「いいえ。それで、昔話とはなんです?」
「……すまない」

私を前に正座をしたヒアシ様が急に頭を下げてきたことに私は思わず目を剥いた。全く話が読めない。それに日向の当主が私なんかに頭を下げるなんてあっていいことなのか。目の前の光景に疑いを持ちつつも私はオロオロとしながら困惑の表情を浮かべた。

「や…やめてください、急に…一体何を謝っているのですか?」
「ハヤに"嘘"をつき続けていたことをまず謝りたい」
「…"嘘"、ですか…?」
「まずは…私はハヤの過去を知らないと嘘をついていたこと。そしてその"右眼"…それは日向の呪印じゃない」
「え」

日向の、呪印じゃない…?急に何を言い出すかと思えば、頭でもおかしくなったんだろうか。だって、これを日向の呪印だと告げたのは目の前にいる貴方ではないですか。私も呪印を受けたあの日の記憶はあります。‥忘れるはず等あるわけがない。

「いや、日向の印であるのは間違いはない。…が、その下にある"術式"を隠す為の物だ。フェイク、とでも言ったら分かり易いか」
「ちょ、ちょっと待ってください!これは呪印だとヒアシ様も仰っていたことではないですか!そんな…そんな嘘こそ聞きたくありません!癒無眼は瞳術の一族にはなくてはならない物であると同時に唯一の対抗手段、貴方はそれを…!」
「違う。その印にはまた別の意味がある。そしてまだ幼かったお前だからこそ暴走の危険があった。だからこそその右眼を」
「そんなこと信じられません!!それにっ…だとしたら何故そんな嘘をつく必要があったのですか!?」
「少しでもお前の存在を隠したかった…それだけだ」
「っ…分かりません、そんな説明では何も…!」
「ハヤの右眼には癒無眼と一緒に特殊な"獣"が封印されている。それがお前の身を危険に晒す可能性があった…木の葉隠れの里の者でないお前がこの里で1人身を守る為には私の一族で身を置くことが1番だと…3代目火影からも頼まれていた」
「…待ってください…獣って、なんのことですか…それに、木の葉の里の者ではないことは分かってはいましたが…私は一体どこから…」
「…ハヤは光の国にあるコウの里という所から来た。これが、お前の母親である"白魚レノウ"…お前とよく似ているだろう」

すっと手渡された1枚の写真。そこには、長い黒髪に銀色に光る綺麗な左眼が目立つとても綺麗な女性が写っている。別に自分が綺麗だと言いたいわけではないが、確かにどこか似ているような気がしてその写真を見つめた。

「…何故ヒアシ様が、この写真を…?」
「3代目に時が来たら渡してくれと言われていた。これはハヤの物だ」
「…」

ぼんやりと手に写真を持ったまま、ヒアシ様の言葉を耳に入れる。今の会話で理解できたことはまだ1割程度。写真を内ポケットへと収めた私は、相変わらず何かを考えるそぶりを見せるヒアシ様に視線を寄せた。

2014.05.21

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