それぞれにある心の内は、

「さすがヒナちゃん…五月雨も白眼の前では形無しですね。見事に全部弾かれてしまいました…」
「で、でも、五月雨は不規則な攻撃だから防ぐのがすごく難しいよ?それに私がここまで出来るようになったのはハヤちゃんのお陰だし…」
「それはヒナちゃんの努力の賜物です、私は特に何もしていませんよ。…あ、」

川縁の岩や地面は私の攻撃のおかげで穴だらけになっていた。常に気を張っておかないといつ降りかかるか分からない私の五月雨も、ヒナちゃんやネジの前ではほとんど意味がない。そういう場合は五月雨で攻撃最中に体術や忍術等で奇襲をかけるのだが、今回は一筋縄ではいかずに引き分けの形となってしまっていた。

そろそろ上忍待機室に行かないといけない。少し遠くにある時計台を目に映し弓を背中に背負った私は息の上がるヒナちゃんに手を差し出す。同時に自分のしたかった修行を思い出して小さく声を上げると、ヒナちゃんの目を真っ直ぐに見つめた。

「ヒナちゃん、お願いがあります」
「え?ど、どうしたの?」
「柔拳の動きを私に教えてください」
「…え、ええっ?どうして?」
「私、ヒナちゃんやネジの動き見て思ったんです。正直体術はあまり得意な方ではありませんし、マイトさんやリーさんのような外傷を与える程の強い力はありません。ですが、柔拳のような動きができるようになれば五月雨の最中にも敵を翻弄させられ、かつ私の技ももっと使える幅が広がると…」
「あ…た、確かにそうかもしれない…」
「ですから是非、私に柔拳の動きの指導を…」
「こんな所にいたんスか」

ヒナちゃんの手をきゅっと握りながら最後まで言葉を紡ぐ筈だった私の口は、聞き覚えのある声によって閉じてしまった。すぐ側の木にもたれかかり腕組みをしてこちらを見ているシカマルさんを視界に入れて、私は不満気に顔を顰めた。

「そんな顔をされても困るんスけど…ヒナタ、任務が入ったからハヤさん借りるぜ」
「あ、う、うん」

困ったように告げられる言葉に私は軽く溜息を吐く。全く、これからだったのにタイミングの悪い人ですね…まあしかし、任務ということは綱手さんの命なんだろう。今日はもう諦めることにして、握っていたヒナちゃんの手をそっと離した。

「残念ですが、またの機会に教えていただくことにします。その時は指導よろしくお願いしますね、ヒナちゃん」
「うん、任務頑張ってね!」
「はい」

にこやかに笑ってその場を離れるとシカマルさんの元へと向かって行った。

「お待たせしました。…随分汚れていますね、任務明けですか?」
「いや、知り合いの修行に付き合ってたんすよ」
「そうでしたか。で、今日はどのような任務を?」
「俺とハヤさんのツーマンセル任務で新薬用のキノコ狩りを」
「キ…ノコ?」
「や、本当はナルトが行くはずだったんスけど…アイツ5代目の実験台になって新薬飲んだらしいんすよ。そしたら今日任務に行ける状態じゃなくなっちまって…」
「…綱手さん…」
「まァでも、ハヤさんと一緒なら任務も早めに終わりそうだし。とりあえず行きません?めんどくせーけど」
「ふふ、そうですね」

確かに、シカマルさんと一緒なら任務も早く終わるだろうし修業する時間も取れそうですね。私の顔を見て頭を掻きながら目線を逸らしたシカマルさんはくるりと回れ右をすると、ゆっくりとその場から歩き出した。私も急いで隣に駆け寄りシカマルさんのペースに合わせて歩く。何故か私の目を見ようとしないシカマルさんの顔を覗き込んだ。

「どこにキノコを狩りに行くんですか?」
「第44演習場…死の森っス」
「まあ‥随分物騒な所に狩りに行くんですね」
「奇妙なキノコですからね。そういうジメっとした所にしか生えないんスよ…つーかあの、ちょっと近い…」
「こっちを見ないで話すからですよ。人と話す時は目を見て話してください」
「…ンなの分かってるっつーの…ったく…」

ぶつぶつ言いながらちらりとこっちを見たシカマルさんに疑問を浮かべながらも、キノコの色、形、大きさ等を聞いて頭に叩き込んでいく。数は五十程で大抵は生き物が住む所に生えるそうだ。しかしそう簡単に見つかるような代物ではなく、生き物の餌でもある為に食べられているのがほとんどらしい。大体を把握した頃には目の前に第44演習場が見えていた。

「ツーマンセルですから別行動はせずに2人で周りを見つつキノコを集めることにします。ここの生物はだいぶ厄介っスからね…」
「確かにそうですね。中忍試験ではここの猛獣達にかなりお世話になりましたから」
「ハヤさんも?」
「え?シカマルさんもですか?」

目を丸くしてシカマルさんと視線を合わせると、あの頃を思い出すようにお互い眉を垂れさせる。しかしもう昔のことだ。昔とは実力も違う今ではすんなり任務遂行することもできるだろう。

「…行きますか」
「はい」

カシャンとフェンスに手を掛けると同時に森へ足を踏み出すと、嫌な暗闇と冷たい空気が触れ深い闇の中で聞こえる不気味な声が響いていた。

「とにかく奥まで進むか…言ってたようなキノコ見つけたら俺に声かけてくださいね、確認するんで」
「はい。とりあえずシカマルさん、そこから動かないでください」
「は?」
「五月雨打ち」

背中に背負った弓を取ると広範囲に矢を射った。周りに色んな気配が蠢いていて気持ち悪かったからだ。動物はいいが虫は本当に嫌いで、特に足が多い奴なんかは無理。本当に無理。グサグサと地面に刺さっていく音と同時に鈍い鳴き声も聞こえてきて、思わず顔を顰めるしかない。

「何やってんスか、急に…」
「先に先手を打ってた方が楽でしょう?虫退治は早めに終わらせておくべきかと思いまして」
「…ハヤさん、虫苦手なんスか?」
「任務を効率よく終わらせる為の行動です」
「ハイハイ分かりましたよ…あ、足元に蜘蛛が」
「っ?!?」
「…と思ったら岩だったわ。悪ィ、見間違えたみたいです」
「……いい性格してますね」
「ふは、ハヤさんて本当……」

私の足元を見ながら淡々と言い放ったシカマルさんは、笑いながらポケットに手を入れた。"五月雨"の矢はまだ降り続いている。私はむっと頬を膨らませてシカマルさんを睨むと、何故かそれに頬を染めるシカマルさんが1つ溜息を吐き、手をおでこに当てて顔を項垂れさせていた。

2014.04.04

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